ABYSS アビス

渋谷のバーで働くケイは、死んだ兄の恋人ルミと出会い、行き場を探し始める。今を生きる20代のもがく姿をあぶり出す映画です。

ヒリヒリした感触が観終わった後も残ります。強い個性を持った映像&音楽!海の目に引きずり込まれた深海のアンリアルなシーンに「参った」と思うくらい惹かれたり、突如強調される呼吸音に「ここ好き」と共鳴したり。観ているあいだずっと気持ちが動き続けました。

そんなパワーを持つ映像&音楽を背景にして、この映画の人物たちは全員が、くっきりと輪郭を持って存在します。この映画の=須藤蓮監督の、誰も否定しないところが好きです。

でもそこに甘やかしはありません。それは共同脚本で渡辺あやさんが関わったことにより増した厳しい目線だと思います。その目線は、それでも誰も見捨てません。もう生きてたくない、だって失くすばっかりだ、と叫んだケイが、失わないものを見つけられたかもしれないという希望を映画のラストに感じました。

そして私の大好きだったセリフ。兄と幼少期を過ごした海辺にルミを初めて連れてきたケイが最初に発するセリフが、恋愛ってこういう気持ちになることだ!と初々しい気持ちで満たされました。

デューン 砂の惑星 PART2

コロナ禍で緊急事態宣言を経験した翌年の2021年、やっと映画鑑賞が自分の日常に戻ってきたことを特に実感した映画が2本ありました。1本は、映画館が座席の間引き販売を終了したタイミングに満席の映画館で観た『アメリカン・ユートピア』。他人同士が今この瞬間、同じ感動を共有していることに興奮!

そしてもう1本が『DUNE/デューン 砂の惑星』でした。圧巻の映像美!スクリーンの世界に吸い込まれそうな没入感!映画館でこその映画“体験”!

その続編の本作は、私にとって観る前から既に特別な作品。公開初日の1回目に観に行きました。

ディストピアの世界、異者との対立と共存、一族のサーガ、自分が何者なのかに苦悩する主人公、などなど見応えある要素をフルコースで味わうような映画ですが、わたし的には、まるで生き物のように表情を変える砂漠の美しさと、ケープ&スカーフの使い方や裏布の色までこだわった衣裳デザインの美しさと、ティモシー・シャラメの美しさに酔いしれる映画として大満足!

デンゼイヤ、オースティン・バトラー、フローレンス・ピュー、レア・セドゥ、アニャ・テイラー=ジョイといった若手から、レベッカ・ファーガソン、ジョシュ・ブローリン、ステラン・スカルスガルド、ハビエル・バルデム、クリストファー・ウォーケン、シャーロット・ランプリングまで、豪華すぎるキャスティングも見どころです。

ゴールド・ボーイ

この映画は、ある落下死事故の“真相”を私たち観客に最初に見せます。その後展開する、冷酷なサイコパスVS.彼を脅迫して大金を得ようとする少年たちの闘いが、最初の事故の真相の上にいくつもの殺人といくつもの嘘を積み重ねていきます。

何といっても13歳の少年少女役の3人が見事!朝陽が本性を見せ始める、その境い目の演技が凄い。そして夏月は、たたずんでいる姿だけも全身で夏月を演じきっていて、背負っているものが重すぎる彼女の人生に何度も切ない気持ちになりました。

中国のベストセラー小説を日本を舞台に映画化。原作のハードな部分に惹かれたが、同時にどう脚色しようかと考えたと金子修介監督が語っています。「日本の場合は、もっとやわらかい部分が病んでいる、優しいけど病んでいる」という監督の言葉が印象深いです。

題名は、スティーヴン・キングの小説「ゴールデン・ボーイ」にオマージュを捧げたのだそうです。「ゴールデン・ボーイ」は優秀な少年が大人を脅迫して自己の快楽を満たす話で、映画にもなりました。大人は世を捨てた老人、力関係は少年の方が圧倒的に上でしたが、本作の場合は、凄みと色気でギラギラしている岡田将生が、少年たちと真剣に勝負、見応えありました。

落下の解剖学

夫の不審な転落死。殺人容疑者となった妻。第一発見者は視覚障がいのある11歳の息子。

妻、弁護士、検事、証人、そして夫が残していた家庭内の会話録音記録。それぞれの立場で主張する「真実」が乱立。夫はフランス人で妻はドイツ人、妻の方が成功者、息子を巡る意見の相違等この夫婦に関するあらゆる設定が、映画全体に漂う共通言語の不在を浮き彫りにします。

結構早い段階で自信持って結末を予測したのですが、この映画はそんな簡単じゃないはずと思い直したり、今、見せられている出来事が本当なのか誰かの推測なのかわからなくなったり、弁護士の「事実は重要じゃない」という発言に翻弄されたり。

でも、それら全部、もうどうでもいい!                       今、見ているこれが「真実」でいい!

そう思ってしまう凄いクライマックスシーンが終盤に訪れました。この映画、私はかなり好きです。

息子ダニエル役ミロ・マシャド・グラネールの存在感に脱帽です!オーディションで抜擢された彼は、子供らしからぬ成熟の響きを持った声が決め手となり、監督が「この響きの説得力に賭けよう」と思ったそうです。もう、心の底から納得です!

そして、本作でカンヌ映画祭パルム・ドッグ賞(優秀な演技をした犬に贈られる賞)を授賞した愛犬役の犬の名演!映画の冒頭に登場するこの愛犬の行動が、ラストに見事に繋がっていて鳥肌が立ちました。

瞳をとじて

22年前、撮影中に突然失踪した映画俳優。彼の消息を追って旅に出る元映画監督。そして、主役の失踪により公開されることのなかった1本の映画…。

「記憶」が大きなテーマの映画です。映画の中に登場する、記憶を失った男と記憶に苦しむ男。ふたりがそれぞれ記憶とどう向き合うことになるのかを見届けることになります。また、1本の映画が、関わった人ひとりひとりの記憶の中にどう存在し人生にどう影響するのかも考えさせられます。

そして、本作の監督ビクトル・エリセの過去作で大好きな『ミツバチのささやき』を観た時の、私自身の記憶も蘇りました。主人公の少女が見る空想の世界の場面がとても美しかったことや、その時の少女の澄んだ眼差しを、本作の中の印象的なワンシーンを観ながら鮮明に思い出しました。

映画の中で描かれる記憶と、私自身の映画の記憶に思いを巡らせた濃密な3時間でした。

【イベントレポート】トークイベント 「ハリウッドスターの通訳」の仕事とは? ~翻訳家・通訳者 鈴木小百合さんをお迎えして~

昨日、 翻訳家・通訳者 鈴木小百合さんをお迎えして、トークイベント「“ハリウッドスターの通訳”の仕事とは?」を開催いたしました。
進行役は、映画&海外ドラマ 来日プロモーション・コーディネーターの鞍田美葉子さん。

まずは、まだまだレアな話題として、米アカデミー賞について。受賞作品や授賞式の印象的なパフォーマンスの話で盛り上がりました。

鈴木小百合さんは、スター来日プロモーションには欠かせない存在。多くの俳優・監督の通訳をなさっており、東京国際映画祭の通訳は約30年以上務めていらっしゃいます。豊富なご経験の数々から鈴木小百合さんがチョイスしてご紹介くださったご経験談、そして通訳のお仕事についてお話しくださいました。

ご参加の皆様からの質問タイムも、時間を延長してたっぷりと!映画がお好きな方々、そして、通訳の勉強をなさっている方、通訳を始めたという方もいらっしゃいました。興味深い質問ばかりで、皆様で驚いたり、笑ったり!アットホームな雰囲気に包まれました。

ハリウッド映画のエンターテイメントとしての魅力を何倍にもしてくださる通訳というお仕事について、お話が聞けた貴重なイベントとなりました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。

違う惑星の変な恋人

この前に観た『カラオケ行こ!』の山下敦弘監督は、『リンダ リンダ リンダ』のペ・ドゥナが学祭でブルーハーツを歌うシーンで一瞬にして好きになった監督なので、新作の『カラオケ〜』にあの熱唱に通じるシーンがあったのが凄く嬉しかったです。

そんな理由で今年は日本映画をいっぱい観たいと思って、選んだのがこの映画。

『階段の先には踊り場がある』という映画名が面白くて、観逃したけどずっと覚えていたことが、木村聡志監督のこの新作を観るきっかけになりました。

4人の男女の、好きの矢印があっち行ったりこっち行ったりする恋愛群像劇。8つのチャプターに分けて1対1の会話をじっくり見せるという構成と、“屁理屈99%名言(のようなもの)1%”という脚本が秀逸!可笑しいセリフの連打の中に「別れるって付き合ってる人たちの特権じゃない」なんてドキッとするものも投げてきます。

そして、一瞬で「ここ好き」となったシーン、ありました!

女子2人は美容師。美容院の隣同士の席に男子2人を座らせて、シャンプーし髪を乾かすシーン。洒落てて、女子2人が魅力的で!監督の次作が楽しみです。

カラオケ行こ!

面白かった〜!

歌が上達しないと困るヤクザと、変声期に悩む合唱部部長の中学生との、ありえない出会いと思いもよらない展開。そんなある種ファンタジーなドラマを気楽に観始めたら、グッとくるセリフが出てきたり、異世界交流の哀しみが丁寧に描かれていたり、気付くとどんどん引き込まれて、ラストは感動!参りました!

何といっても、ふたりのやりとりの面白さ。間合いの見事さ。そしてふたりの周囲には絶妙なキャラのオトナたち、学友たちがいっぱい。キャスティングも絶妙です。

歌も主役。意地を張り合ったり喧嘩したり、いろいろあっても心ひとつに皆が調和する合唱も、普段は自分の役回りに収まってるのに突然立ち上がり「これが俺だ」と魂の叫びを響かせるカラオケも、どちらも心掴まれます。

部員ひとりだけの映画研究部が存在感を放ちます。VHSで古い映画を見るだけの活動。合唱部をサボってきた部長も一緒に。

映研部のデッキは壊れていて、ここで観る映画は、再生できるけれど巻き戻しができません。昔には戻れない自分。やり直しがきかない人生。そのことを胸に、中学生もヤクザも、合唱に、カラオケに、全身全霊で挑む姿がかっこいい!

Here

この映画、画面が正方形に近いサイズなんです。写真プリントのようなサイズ。いつもの映画より左右幅が狭い、独特の画面なんです。

その珍しさに気持ちが集中しながら観始めましたが、いつの間にか、映画の世界にすっかり浸り登場人物の出会いや出来事を追っていました。映画も写真も、技巧や構図といったテクニックの奥に物語が存在する表現物!そんな、普段映画を観て意識しないことを、この映画は意識させてくれました。

主人公はブリュッセルに住む移民労働者。週末をよそで過ごすために冷蔵庫に残っている野菜でスープを作り友人たちを訪ねて振る舞ったり、中華料理店で食事したりする。その中華料理店の店番の中国系ベルギー人がもうひとりの主人公で、苔の研究家でもある彼女が森に行った時ふたりは再会する。

映画チラシの、“「この」瞬間、「この」場所で、「この」偶然を”という言葉が、観終わった後、心に沁みてきます。年末に観た『PERFECT DAYS』の、PERFECT DAYが幾つも重なってPERFECT DAYSになるイメージを思い出しました。本作も、日常の一瞬一瞬、一日一日が重なる豊かさを感じる映画でした。

サン・セバスチャンへ、ようこそ

そうだ私、いつかバスク地方に行ってみたいという計画があったんだ、と思い出しました。海辺、旧市街、美術館、建築物、そして食(バルのピンチョス!生ハム!ガトーバスク!バスクチーズケーキ!)。そんな旅を実現させるなら、バスク地方のスペイン側に位置するサン・セバスチャンに、9月の映画祭開催時期を狙って行くことに決めました。映画の熱気に溢れている街に浸ると、主人公モートのように、好きな映画の中に自分が登場する夢を見るのかも。

描かれるのは華やかな映画祭での数日間。悩める主人公の卑屈っぷりと、世の中への皮肉を込めたジョークと、滑稽な恋愛劇。そしてたっぷりのニューヨーク愛とジャズ愛と映画愛。どこを切り取ってもウディ・アレン監督映画。

前作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は、ティモシー・シャラメに悩める主人公を演じさせて、見事にはまった、とても若々しい映画でしたが、本作は、ウディ・アレン・テイストを、濃くもせず薄めもせず、ストレートに見る面白さを味わえる映画でした。