『エリザベート1878』

先日、女優のヘレン・ミレンがエリザベス2世の「14番目のいとこ」だったことが家系調査で判明したというニュースを知り、映画『クィーン』のヘレン・ミレン=エリザベス2世を久々に観たくなりました。ケイト・ブランシェットの『エリザベス』、ジュディ・デンチの『Queen Victoria 至上の恋』など、歴史上の女王や皇妃を知るきっかけになった映画がいくつもあります。

本作では、オーストリア皇妃の、生涯における“1878年の1年間“が描かれます。原題は仏語でコルセットの意の『Corsage』。欧州宮廷一と言われた美貌と、身長172cm・ウエスト51cm・体重45kgという驚異の体形の持ち主の彼女が、コルセットでウエストを更に5cmも締め上げるシーンが何度も登場し印象を残します。

派手な恋愛体質で、厳格さに抗い自由奔放で周囲を翻弄するトンがった生き方の彼女ですが、40歳になった1878年を人生を達観し始めた年として描かれ、美貌と痩身の維持も美に執着した若き日とは変わり「皆が私に持っているパブリックイメージを守ってあげようじゃないの」と周囲を嘲笑いながら楽しんでいるのが面白い!夫、愛人、女中、子供たちとの関係も濃密で複雑ながら可笑しみも含んで描かれ、1878年=145年前という時代を感じさせない、エリザベートという独創的な女性像にどんどん興味が湧いた2時間でした。

『あしたの少女』

ペ・ドゥナを見るのが楽しみでした。『ほえる犬は噛まない』での圧倒的な存在感に一瞬で虜に!山下敦弘監督が惚れ込んで起用したという『リンダ リンダ リンダ』や、アクションやコメディセンスもあることを証明した『グエムル 漢江の怪物』でもそうでしたが、いつも眉間にシワを寄せて苛立っているような困っているような顔が印象的、正義感の強い役を凛々しく愛らしく、控えめだけど情熱的に演じる女優です。

本作は、2017年に韓国で起きた事件の映画化。実習先の企業の過酷な労働条件の犠牲になった女子高生の実話で、観てて、とてもつらくて苦しくなります。

それでも、実際の事件を忠実に再現する前半と、実在のジャーナリストをモデルにした架空の女性刑事を登場させ、事件の本質に迫る後半の2部構成仕立てが素晴らしく、引き込まれます。そして、やはり何と言ってもペ・ドゥナ。あるシーンでの、大粒の涙を流す泣き顔が目に焼き付きました。彼女の演技を見れた嬉しさに浸りながら映画館を出ました。

『ジェーンとシャルロット』

娘シャルロット・ゲンズブールが母ジェーン・バーキンに「カメラを回すのは、あなたにずっと聞きたかったことを聞きやすくするための言い訳みたいなもの」と白状するところからこのドキュメンタリーは始まります。シャルロット初監督作。今年7月16日にこの世を去ったジェーン・バーキンの最後の作品でもあります。

母娘ともにフレンチカルチャーのアイコン。母はエルメスの定番バッグ「バーキン」の由来になった人。フォトジェニックなふたりの様々な表情・しぐさ・着こなしを堪能し、ふたりの人生の一片に触れるような贅沢を味わいます。特に興味深かったのは、シャルロットが父セルジュと暮らした家に母娘で訪れるシーン。40年の時を経ても当時のままという室内を埋め尽くす写真やアートや小物を一時停止して細部まで見たくなりました。

2013年にシャルロットの異父姉でジェーンの長女ケイトが自死。何年も苦しんだ母に対して、それまでも感じていた気まずさが大きくなることへの恐怖から、思い切って母と向き合う決心をしたことが本作を撮る動機だったとのことで、覚悟を持って母の本音を聞き出し自らも内心をさらけ出していることがわかり、それが本作の大きな魅力となっています。「私はあなたに気後れしていた。あなたに対しては間違ったことをしたくないと構える自分がいた」と言う母。「あなたのようになりたかった。あなたのことを知ると、いつもそこからもう一度新しく生き始めようと思った」と言う娘。凄い母娘関係です。自分たちは似ているところがある、それはふたりとも次女だからだったのね、という結論に行きつく会話も印象的でした。

『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』

原題は『QT8: The First Eight』。クエンティン・タランティーノ(QT)の8本の監督作  (=『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』『ジャッキー・ブラウン』『キル・ビル』『デス・プルーフ in グラインドハウス』『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』『ヘイトフル・エイト』)を、俳優&スタッフのインタビューを交えながらチャプター立てで解説、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公開を控えた2019年製作のドキュメンタリーです。

インタビューを受ける俳優やスタッフが登場するごとに、その人物が8本のうちのどの映画に関わっているかをアイコンを使って一目でわかるように表示されるのが楽しい!タランティーノ作品への最多出演はサミュエル・L・ジャクソンなんですね。

1992年製作のデビュー作で注目され、2作目でカンヌ最高賞を受賞。ハリウッドの成功者でありながら、ビデオショップで働いていた映画オタクというところに親しみを感じるタランティーノ。『レザボア・ドッグス』の黒スーツで闊歩するシーンに一瞬で虜になり、『パルプ・フィクション』は何度観たことか!『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には変わらないテイストの中に新境地を見出して興奮しました。本人の宣言通り、10作目で監督を引退するのかがとても気になります。

映画の中では、スタントウーマン兼女優ゾーイ・ベルのインタビューが、タランティーノの映画監督としての流儀を物語っていて印象的でした。

全作品を最初から1本1本また観たくなってます。

『バービー』

冒頭、人形遊びの歴史と、バービーの登場で起きた革命を解説するプロローグ的な数分間がとんでもなく面白く、バービーを演じるマーゴット・ロビーの初登場シーンがとんでもなく美しくて、この映画にあっという間に夢中になりました。

監督は『レディ・バード』(大好き!)のグレタ・ガーウィグ。『レディ・バード』では悩める17歳の主人公が人生の新たな一歩を踏み出しますが、本作も、全てが完璧な世界のバービーが、作り物ではないリアルな世界への一歩を踏み出します。そして、母と娘の複雑だけど愛おしい関係を見事に描いているのも両作の共通点。本作終盤の娘の背中を押す母の気持ちを語るセリフが心に響きました。

バービーの実写化がファンタジー映画として仕上がるだけでなく、例えば作り物の世界“バービーランド“に物悲しさが漂うところにこの映画の深さを感じます。グレタ・ガーウィグがピーター・ウィアー監督に電話し、彼が手掛けた『トゥルーマン・ショー』について質問したという話に納得です。

エンディングに流れるのは、ビリー・アイリッシュが書き下ろした新曲。あっという間に世界的スターになった自分とバービーを重ね合わせて「私は何のために存在しているの?」「いつかは幸せになれるはず。そのために生まれてきたのだから」と歌っています。