ユニコーン・ウォーズ

とあるディストピアで繰り広げられるテディベアとユニコーンの聖戦を通して、争いの無意味さを描いたアニメーション映画です。

可愛い見た目ながら残酷でグロテスクな表現が全編を覆う驚き!

そして、監督が「『地獄の黙示録』と『バンビ』と聖書。この異なる要素を混ぜたら素晴らしい化学反応が生まれた」と語っている通り、「極限状態に陥った時の狂気」と「愛と成長」と「創世記」がひとつの映画の中で語られていながら、それらのメッセージが織りなって、ひとつの反戦映画ができあがっている凄さ!

テディベア軍のゴルディとアスリン、双子の兄弟が主人公です。優しく気弱な兄と憎しみの塊の弟。新兵訓練所から戦地へ、異常な環境の中で兄弟の心の葛藤は激しさを増します。戦争がなければふたりの関係は変わっていたかもしれない。ふたりの悲惨な最期が後を引きました。

今年のアカデミー賞で長編アニメーション映画賞にノミネートされ、日本では今秋公開される『ロボット・ドリームズ』もスペインの監督の作品で、ひとりぼっちのドッグが組み立て式ロボットを作り友情を深めていくが…というストーリーに、きっと好きな映画のはず!と既に確信。スペインのアニメーション、注目です。

2022年製作/スペイン・フランス合作/監督:アルベルト・バスケス

辰巳

辰巳という名の裏社会に生きる男が、姉を殺された少女・葵の復讐に付き合い、仲間を裏切り仲間に追われ、そして行き場を失っていく―。

チラシの写真の向き合うふたりの表情に無性に惹かれ、でも予告編を見てちょっと怖気づき、だけどやはり観たいと思うきっかけがあって映画館に行ってきました。

観てよかった!俳優たちが全身全霊で役を演じ、スクリーンの中にその登場人物を存在させ、役者がその人物として生きることの凄さに改めて感動する映画でした。辰巳を演じる遠藤雄弥と葵を演じる森田想が、もう、素晴らしくて素晴らしくて!辰巳と葵の強烈な存在感に圧倒されっぱなしでした。

役作りにあたって、監督から『レオン』だけは観ておいて欲しいと言われたので観たという森田想。彼女は、葵を演じることで、この映画の持つ過激さとピュアさを見事に体現しました。

2023年製作/日本映画/監督:小路紘史

システム・クラッシャー

困った。この映画のパワーを、自分が持っている引き出しの中にちゃんと収める自信がない。

システム・クラッシャーとは、大人の手に負えないほど制御不能で攻撃的な子供のこと。本作は、父親からのDVでトラウマを負った9歳の少女ベニーの、怒りと暴力が容赦なく爆発する日常を容赦なく描くドイツ映画です。

里親、グループホーム、特別支援学校、行く先々で問題を起こし追い出されてしまう。彼女のことを本気で考える大人も、自分の家族の方が大事、自分の精神状態の方が大事、それは仕方がない。ベニーは社会のどこにも居場所がなくなってしまうし、彼女自身もそのことはわかっている、でも、どうしようもない。

社会のシステムに折り合いをつけて生きている者の生半可な感情移入など許さない映画。でも、エンドロールに流れてきたニーナ・シモンの歌「Ain’t Got No, I Got Life」が素晴らしすぎて、希望を見つけずにはいられなくなり、気づいたら涙が止まらなくなっていました。

悪は存在しない

驚きのラスト!え?何が起きたの?どういうこと?
今もずっと、脳内でラストの解釈探しが続いています。

長野県の、自然に惠まれた町が舞台。森を下から見上げる冒頭の映像がとても神秘的、音楽もとても美しい。でも、展開するストーリーは不穏。観ていて気持ちがザワザワ、キリキリし続けます。

悪意のない言葉が相手を失望させる…そんな場面が何度もある映画でした。
そして、悪は存在しない、という映画のタイトルの意味が、はっきり分かったかと思えば、しばらくすると霧に包まれたかのように見失う、その繰り返しの映画でした。

花という名前の少女が、空を見上げ一点を見続けているシーンが印象に残ります。大人たちには見えていない何かが、少女には見えていたのかもしれません。

Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下の9階スクリーンで観ましたが、7階のフロアにはヴェネチア国際映画祭で本作が受賞した銀獅子トロフィーがディスプレイされていて、本物を間近で見ることができます!各国ポスターの展示もあり、近づいてよく見ると、ドキっとする発見がありました。

パスト ライブス/再会

どこかで読んだ「忘れられない人が思い浮かばない人生よりも、どうしても忘れられない人がいる人生の方が、 きっとずっと素晴らしい」という言葉を思い出しました。

人生にはいくつもの選択があったけれど、ひとつひとつ選んで今の人生に辿り着いた、その人生を大事に受け入れよう。映画の中のノラとヘソン、ノラとアーサー、それぞれのラストシーンに前向きな気持ちをもらいました。

映画の冒頭にスクリーンに出るタイトル“PAST LIVES”。邦題の表記「パスト ライブス」も、間の余白が特徴的です。

セリーヌ・ソン監督は、12歳で離れ離れになった幼馴染みのノラとヘソンの再会を、24歳と32歳、12年ごとにすることにこだわったり、ふたりのラストシーンの2ショットを、2分にこだわったと語っています。その緻密な時間へのこだわりが、この映画をきっと深くしているのだと思いますし、多くの余白が、優しさや寛容を感じ取れる映画にしているのだと思いました。

フォロウィング メメント

『フォロウィング』はクリストファー・ノーラン監督の長編デビュー作。現在・過去・未来を自在に操る時間演出と、モノクロ16ミリフィルム撮影で生まれる陰影の緊張感!ノーラン監督の原点、ここにあり!

主人公が状況把握に混乱していくに従って、時間が複雑に入り組んでいく。覚えていたはずの伏線が曖昧になっていく。『フォロウィング』は、記憶力を試される映画です。

そして、監督第二作目の『メメント』は、記憶を保てない状態を疑似体験する映画。

10分間しか記憶を保てなくなった主人公が、メモとポラロイドとタトゥーで自ら残していく「事実」を頼りに妻を殺した犯人を追うこの映画で、監督が取った編集技法は、時間の逆再生。そのテクニカルな面は勿論ですが、私はそれ以上にエモーショナルな面に俄然惹かれた映画でした。主人公は、「妻の復讐のために自分は生きている」と必死に呟く。それが彼にとっての生きるモチベーション。でも、犯人捜しは本当に可能なのか?復讐を果たしたとしても彼はそれを事実と受け入れるのか?彼の人生は、永遠に癒されることはない?

『フォロウィング』の、他人の生活を覗き見ることに囚われた男。『メメント』の、記憶し続けることに囚われた男。クリストファー・ノーランは、卓越した技術を持ち味にしながら、何かに囚われ、終わりのない苦しみを抱える人物を描き続けている監督なのではないかと、初期2作を改めて観て思いました。

オッペンハイマー

オッペンハイマーが原爆の開発を進めたロスアラモスの研究所は現在博物館になっていて、入口に1枚の質問状が貼られていることを知りました。「科学者は自分が行った発明に対して、結果に責任があると思いますか?」。この映画の中で迷子にならないように、私は、この問いを考えながら観ることにしました。

印象的だったのが、オッペンハイマーがトルーマン大統領に謁見した際大統領にかけられた言葉。彼が生きた時代は、科学技術や科学者自身が政治に利用され、戦争に結びついてしまう時代だったことに改めて気付かされました。そして、責任を自覚している人間に責任があると言わないのは失礼だという思いに至ったシーンでした。

研究に情熱を注ぎ結果を追求する科学者としての真っ直ぐさ、でも一方で、原爆投下後の惨状を伝えるニュース映像に目を伏せてしまう絶望的な弱さ。この映画は、オッペンハイマーという人物像を、覚悟を持って描いていました。難役を演じきったキリアン・マーフィーに脱帽です。

そして本作、2回目はIMAXで観るべきと周囲から勧められています。IMAX撮影での顔の陰影がオッペンハイマーの複雑な感情を見事に表現しているのだそう。屈指の映画表現者クリストファー・ノーラン監督による人間ドラマでのIMAXの新機軸を確かめようと思います。

ファースト・カウ

西部開拓時代、アメリカンドリームを求めて未開の地に辿り着き、たった一頭の牛からミルクを盗みドーナツを作って一攫千金を思いつく料理人クッキーと中国人移民キング・ルー。

ただ傍にいるだけ、ただ疑わないだけ、ただ同じ夢を見るだけで成立しているふたりの友情が心地いい。

大きな欲、小さな欲が絡み合う不穏さを浄化してくれる川の水の音が心地いい。

緊張感と心地よさが同居する不思議な感覚と、素晴らし過ぎるラストカット。大好きな映画でした🍩

本作は独立系映画スタジオA24の作品。米映画評論サイト:ロッテントマトの「ベスト・オブ・A24ムービー」の記事を読んで観逃したことを後悔していたら、下高井戸シネマで観ることができました。下高井戸シネマさん、ありがとうございます。

THE BEST OF A24 MOVIE by TOMATOMETER
1.『レディ・バード』2.『エイス・グレード』3.『マルセル 靴をはいた小さな貝』4.『ムーンライト』5.『ミナリ』6.『フェアウェル』7.『アース・ママ』8.『フロリダ・プロジェクト』9.『aftersun/アフター・サン』10.『ファースト・カウ』https://editorial.rottentomatoes.com/guide/all-a24-movies-ranked/