繕い合う・こと

亡き父の跡を継ぎ金継ぎ師の道を選んだが、わだかまりを抱えている兄と、
これといった目標もなく、父を継いだ兄に対して焦りや羨望から苛立ちを覚えている弟。
歪になっていた兄弟の関係が修復されていく様を、金継ぎをモチーフにして描かれていきます。

リズムや質感のようなものが何とも心地ちよく、自然に物語に引き込まれます。
でも、心地よいだけではない映画。ふたりの、ある年の瀬の数日間を観ているうちに、気づくと私自身と向き合っていて、毎日ちゃんと丁寧に過ごせている?この先のことは?なんてことを真剣に考えていました。
それはきっと、兄の日常のルーティンの描写や、変わらないと思っていたことが変化する瞬間、兄弟の距離感のリアルさ、そして風景も、ひとつひとつが丁寧に描かれているからだと思います。

次の暮れも、きっと変わらず兄弟ふたりで大掃除して、そして初詣に行って、その時はきっと変わらず弟の方が少し長くお参りするんだろうな。
・・・新しい年に観るのにぴったりの映画です。

壊れた部分を隠すのではなく、あえて金粉で目立たせるというデザインが金継ぎの特徴。「金継ぎは、傷を無かったことにはしない」という映画の中のセリフに心掴まれました。私が金継ぎに魅力を感じていた理由に気づかせてくれた映画にもなりました。

(2023年/日本/企画・監督・脚本・編集:長屋和彰)

正体

殺人事件の容疑で死刑判決を受けた鏑木は、脱走に成功し、日本各地に潜伏しながらその都度姿を変え逃亡を続ける。 各地で鏑木と出会う和也、沙耶香、舞、そして鏑木を追う刑事の又貫は、ある目的のために正体を隠す彼に翻弄される。

原作者・染井為人の「ぼくが描かなかった部分をあえて主軸に置いた映画『正体』は、小説『正体』のアンサー作品です」というコメントを読んで、すぐに小説を購読!結末が全く違うことを知りました。小説の結末には、2時間では到達できない奥の深さを感じ、一方、映画は、この物語を締めくくるのに一番求めたい結末でした。確かに、この映画は小説への「アンサー作品」だと思います。

横浜流星がいい!極真空手初段、ボクシングのプロテスト合格という彼の類稀なる身体能力を脱走シーンで堪能できます。そして、目の美しさが印象に残りました。強くて真っ直ぐで嘘のない目。映画前半の鏑木の正体不明な不気味さは、前半の彼の変装が、前髪が長かったり分厚い眼鏡をかけてたりして目を隠していることで表現できていたのではないかしら。2025年のNHK大河『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』が放送開始。森下佳子脚本作品のファンとして楽しみにしていますが、主演の横浜流星にも注目です!

(2024年/日本/監督・共同脚本: 藤井道人)

型破りな教室

今年も残り数日となったタイミングで、またこんな素晴らしい映画を観ることができるなんて!終映後場内が明るくなるのが恥ずかしいくらい感動で泣き腫らしました。

私は小学校時代、先生にとても恵まれました。人生に大切なものを教えてくれた先生。自分も絶対に先生になるんだという思いを持ち続けていたのですが、私には無理だと諦めるきっかけの出来事も経験。なので、教師と生徒のドラマに関しては、理想ばかりを描く生優しい映画を観るとすっかり冷めてしまいます。

この映画、まずは、教師が生徒たちの眩しいほどの急激な成長ぶりに喜び、焦りもする描写がよいんです。そして、教師は型破りな授業で生徒たちを「導く」のではなく生徒たちの才能を「引き出す」、その過程の描写の説得力!生徒役の子役たちの神懸った演技に脱帽です。

アメリカとの国境近く、治安最悪な町の小学校で起こった実話の映画化。教師と、宇宙工学者になりたい女子生徒にはモデルが存在しますが、哲学の本に夢中になる女子生徒と、ニコという名の男子生徒は映画のための架空の人物。このふたりの存在が、貧困と犯罪から逃れられない環境故の、子供たちの前に立ちはだかる厳しい現実を浮き上がらせます。

生徒の父親が教師に言います。「子供に夢を見させないでくれ。自分の可能性に目覚めても、現実に戻った時に絶望するだけだ」。言い返せず苦しむ教師。でも、学びを知った子どもは本当に絶望するだけだろうか?

難しいその問いに、この映画は最後にちゃんと答えを出してくれました。あー、思い出すだけで泣けてきます。


(2023年/メキシコ/監督:クリストファー・ザラ)

オマールの壁

壁によって分断された街、パレスチナ自治区で生きる若者たちの無情な現実。

オマールは、壁をよじ登って向こう側に住む恋人のもとに通っていたが、こんな毎日を変えようと仲間と共に立ち上がる。しかし、イスラエル兵殺害容疑で1人だけ捕えられ、秘密警察から執拗な拷問を受け、囚人として一生を終えるか、仲間を裏切りスパイになるかという選択を迫られる・・・。

8年前に観た時の、ずしんと全身に響いた感覚が蘇りました。ラストシーンの衝撃、そのあとの無音のエンドロール。仲間を信頼できなくなってしまった不幸、愛し合っているのに結ばれなかった二人、彼らが手に入れることができなかった未来について、ずっと考えて続けました。

映画の冒頭、オマールは、愛する恋人に会いたい一心で高さ8メートルのコンクリート壁を力強くよじ登り向こう側に行きますが、終盤、すべてを失ったオマールは、壁をよじ登ることが出来なくなってしまいます。そのシーンの彼の姿の痛々しさが頭から離れません。

スタッフは全てパレスチナ人、撮影も全てパレスチナで行われ、100%パレスチナの資本によって製作されたパレスチナ映画。ハニ・アブ・アサド監督は、「映画は政府の道具ではない。映画は私にとっての抵抗の手段だ」と語っています。アップリンク吉祥寺でリバイバル上映中です。

(2013年/パレスチナ/製作・監督・脚本:ハニ・アブ・アサド)

ヒューマン・ポジション

青くて、物悲しいノルウェーの長い夏。主人公のアスタは、今日も日常のルーティンを静かにこなしながら過ごしている。一緒に暮らしているのは、彼女にいつも優しいガールフレンドのライヴ。そして、小さな黒猫。彼女は、なにげない日常や社会とのつながりから心の居場所を見いだしていく…。

ここ数年ノルウェー映画が面白いと思っていて、一昨年観て好きだった、ヒロインが魅力的な『私は最悪。』もノルウェー映画。

『私は最悪。』のユリヤは、人生におけるいくつもの選択に悩み、もがき、走り回ります。そして、完璧さを追い求めようとせず、今の自分を受け入れようというメッセージを、彼女を通して受け取る映画でした。そんなユリヤが「動」の魅力の持ち主だとしたら、『ヒューマン・ポジション』のアスタは「静」の魅力の持ち主。時折、目線の先の見慣れたはずの物事をじっと見つめるアスタの姿が印象的で、自分の気持ちが向く先を信じよう、それが自分らしくいるために大切なこと、と語りかけてくるように感じました。

シンプルにまとまった部屋での日常を、独特の構図で長回しにより映し出される画は、ひとコマひとコマがアートフォトのように美しい映画ですが、アスタの存在感がずっと残り続けたことが、この映画の一番好きなところでした。

(2021年/ノルウェー/製作・監督・脚本・編集:アンダース・エンブレム)

動物界

身体が動物化していく奇病が発生。患者は“新生物”として分類され施設に隔離されていたが、事故が起こり彼らは野に放たれる。フランソワは、16歳の息子エミールを連れて野にいるはずの妻を探し続けるが、やがて、エミールの身体に変化が出始めていく…。

荒唐無稽な設定。人がさまざまな動物に変異するさまは気味悪くもある。それなのに、漂う美しさ、神々しさ、ぬくもりは何だろう。

エミール役のポール・キルシェが凄い!奇抜な映画が傑作になる要素として俳優の力は大きいと、改めて思います。例えば、『哀れなるものたち』で、肉体は大人なのに頭脳は赤ん坊という主人公ベラを演じて凄かったエマ・ストーンにあたるのが、『動物界』では、この、ポ―ル・キルシェ。だんだん動物に変異していく様子を身体の動きと表情の微妙な変化で表現します。

映画は、父と息子のドライブシーンから始まり、ドライブシーンで終わります。その時のふたりの会話が印象に残りました。最初のシーンで父が息子に言う「不従順こそが一番の勇気だ」というセリフは、この映画を最後まで引っ張り続けるテーマそのもの。そして、最後に父が息子にかける言葉!泣かされました。父子の愛を描いた映画です。

(2023年/フランス・ベルギー/監督:トマ・カイエ)

ロボット・ドリームズ

ハンカチ必携とは聞いていましたが、私は、映画が始まって15分後にはもう泣いていました。

大切な人と出会えた喜び。ふたりを隔てる障害への憤り。会いたい気持ちがつのる切なさ。でも、思い出があればいつでも楽しくなれる。

そんな感情のすべてが込められた傑作。そして、心の奥の記憶の引き出しをそっと開けるような、愛おしいラブストーリーです。

この映画にはセリフが全くありません。でも、大切なメッセージは全部絵の中にあります。

犬の表情からは、大好きな人と今この瞬間に一緒にいることの嬉しさが、ロボットの目の動きや口の形からは、大好きな人を想い続けていられるなら全然孤独なんかじゃないよといういじらしさが、もう、わかりすぎて切ないくらいにわかります。

この映画には、さまざなな形の幸せがありました。その幸せをくれた人に、ボクは幸せだよという気持ちがちゃんと伝わっている優しい映画でした。

想いが通じ合うのに言葉は必要ありませんでした。

(2023年/スペイン・フランス/製作・監督・脚本:パブロ・ベルヘル)

ゴンドラ

ジョージアの山間部をつなぐ2台の古いゴンドラ。乗務員はふたりの女性イヴァとニノ。85分、セリフなしで描かれる、ゴンドラをめぐる物語です。

オレンジと朱色、小さな横長楕円形のゴンドラのレトロな形状と、本編内で何度も衣替えをする可愛らしさに心を鷲掴みにされます!ジョージアで最も長い距離をつなぐ、実在するゴンドラで、数年前に新しい車体に変わってしまったそう。本編に姿を残した2台は、長い間、多くの人々に愛されてきたのでしょう。

カメラの目線が面白い映画です。時にゴンドラから村の人々を見下ろしたり、時に人々が見上げてゴンドラを見送ったり。2台がすれ違う時のカメラワークもいちいち面白くて、次にすれ違うのが楽しみになってきます。

大きな出来事が起こるわけでもなく普段通りの日常が描かれるだけ。それなのに、観終わったあとに残るのは、人は誰でも主役になる時があるし、誰もが誰かを見守るべき時があるという、人生にまつわる話。そして、すれ違うゴンドラでイヴァとニノが交わす奇想天外なやりとりに、人を喜ばせようという気持ちって最強!って思いました。

(2023年/ドイツ・ジョージア/監督:ファイト・フェルマー)

シビル・ウォー アメリカ最後の日

テキサス州とカリフォルニア州の同盟勢力と政府軍の間での米内戦が勃発。激しい武力衝突が起きる中、4人のジャーナリストたちが大統領にインタビューするため戦場となったホワイトハウスへと向かいます。

あー、やっぱり!というのが観終わった直後の感想。

アレックス・ガーランドの作品は幕切れが唐突、突然ブツッと映画が終わるという印象があります。その後について想像することをシャットアウトされる。だから余計頭から離れなくなる。本作もまさにそんな映画でした。

頭から離れなくなるような題材の映画を毎回観せてくれる映画作家なのです。『ザ・ビーチ』(原作)はディストピアもの、『28日後…』(脚本)はゾンビものとして強く印象に残ったし、クローン人間が主人公のカズオイシグロ小説の映画化『わたしを離さないで』(脚本)を経ての監督デビュー作『エクス・マキナ』は、人間とAIの主従関係を美しくスリリングに描いた大好きな映画。『アナイアレイション_-全滅領域-』も後を引きました。

本作は、現実と創造の境界を見失う恐ろしさを絶えず感じながら観ましたが、後から一番思い出すのは、ジャーナリストとしての価値観を見失ったリーと、何かが乗り移ったように高揚してシャッターを押し続けるジェシーの表情。ベテランと新米、彼女たちが象徴するものは何かをずっと考えさせられました。感情が崩壊するふたりを演じたキルスティン・ダンストとケイリー・スピーニーが素晴らしかったです!

(2024年/アメリカ・イギリス/監督:アレックス・ガーランド)

侍タイムスリッパ―

幕末の侍が現代の時代劇の撮影所にタイムスリップし、斬られ役俳優として生きていく『侍タイムスリッパ―』。

タイムスリップした侍は、すぐに状況を受け入れます。その都合良さすら愛おしい!自分が居るはずのない時代に迷い込んでしまったけれど、自分の存在を残せる仕事に出会い第二の人生に奮闘する主人公のカッコよさ!そしてそれが実際の斬られ役俳優や殺陣師のカッコよさに通じ、“侍魂”を後世に伝える時代劇の作り手たちへのリスペクトが詰まった映画になっていることに感動!

ものごとには終わりが来る。でも、それが今日じゃないのであれば、今は決着をつけなくてもいい、今を大事に生きればいい…タイムスリップものの真髄は、今という時間の価値に気づくことだなぁとしみじみと思いました。

時代劇を撮り始めたけれど資金難で諦めかけた監督に、脚本が面白いから何とかしてやりたいと救いの手を差し伸べたのが東映京都撮影所。10名たらずの自主映画のロケ隊が時代劇の本家、東映京都で撮影を敢行するという前代未聞の完成を遂げたという本作。東映京都で最初のカチンコが鳴った瞬間の監督たちの気持ちを考えると、胸がアツくなります。

(2023年/日本/監督:安田淳一)