人には必ず それぞれに与えられた役割がある
もしも世界中にビートルズを知っている人が自分ひとりになってしまったら?そんな奇抜な設定で、ミュージシャンになる夢を諦めかけていた主人公ジャックの奇想天外な体験が描かれます。大胆な題材なのに大仰さがなく、観た後に誰かと気持ちを共有したくなる、そんな素敵な映画です。
地元でマネージャーとして彼を支えていた幼馴染のエリーが、今やスターとなったジャックへ秘めていた想いを吐露するシーンが印象的でした。自分は、あなたにとって永遠にマネージャー枠に収まる存在なのよねと叫ぶエリー。ジャックは、そんな枠なんてないと反論しますが、エリーにとっては、何度も気づいては悩んできたこと。簡単に否定されたくはなかったでしょう。彼の中での「自分枠」を潔く認めて受け入れている彼女は、凛としていてかっこいい。直後の空港のシーンで、ファーストフードを食べながらため息をつくエリー。その後のライブシーンで、観客のひとりとして彼の音楽を誇らしげに聞き入るエリー。思い通りの枠じゃなくても、変わらず彼の音楽の一番の理解者でいられる彼女の真っ直ぐさがハッピーエンドに繋がります。リリー・ジェームズが、『ベイビー・ドライバー』とは違うキュートさで主人公の心の拠り所となるミューズを好演します。
自分の枠を認めて行動すること。これは、この映画から受けるメッセージです。素晴らしい音楽を作り歌うスターがいれば、その音楽を伝える仕事を担う人もいる。それぞれに与えられた役割があり、その役割を受け入れ全うすることで、その先にきっと思いがけないご褒美が待っている、と、この映画は語りかけます。恋愛においても誰かの「2番手」という枠でいることだって素敵なんだよ、という粋なシーンが好きでした。
脚本を手掛けたのはリチャード・カーティス。イギリス映画における良作の保証印のような存在で、恋人や家族と過ごす何気ない日常の大切さを描く特徴は本作でも活きています。そして、監督はダニー・ボイル。『トレインスポッティング』でイギリス映画史に新風を吹かせ、2012年ロンドン五輪では開会式総合演出という大役を見事にこなし、本作では、映画を通じてビートルズの音楽の素晴らしさを改めて伝えるという役割を、カーティスと共に果たしました。
今日という日を最高に楽しむ秘訣とは
『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』
リチャード・カーティスの脚本による映画の中で、奇抜な設定を持つという点で『イエスタデイ』に似ているのが『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』。主人公のティムの家系の男たちには、代々タイムトラベル能力が備わっているのです。
21歳の誕生日にその秘密を父から聞かされたティム。不器用で奥手な彼は、その能力のおかげで運命の彼女と無事に結ばれ、人のよさが仇となって時々失敗しながらも、愛に溢れる人生をふたりで育んでいきます。
本作の幹となっているのは父と息子の物語。父が教えてくれた幸せになる秘訣をティムが実践するシーンは本作のクライマックスです。実は『イエスタデイ』にも、幸せになる2つの秘訣、が登場します。決して特別なことではなく、誰もが幸せになれるはずと気づかせてくれるのが、カーティス脚本のマジックです。
長時間現場仕事に没頭しながら日常のありがたみを実感することは困難、歳をとるにつれ何気ない時間の大切さが身に沁みるから、と、監督業卒業宣言をしたカーティス。これからは脚本業に専念して頂き、家族や友人との時間の中でこそ生まれる物語や台詞で、観終わった後、ふだんの日常が愛おしくなるカーティス脚本映画を楽しみに待っていたいです。
『イエスタデイ』
2019年/イギリス/監督:ダニー・ボイル(『スラムドッグ$ミリオネア』『トレインスポッティング』)/脚本:リチャード・カーティス(『ブリジット・ジョーンズの日記』『ノッティングヒルの恋人』)/出演:ヒメーシュ・パテル リリー・ジェームズ(『ベイビー・ドライバー』「ダウントン・アビー」)
『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』
2013年/イギリス/監督・脚本:リチャード・カーティス(『パイレーツ・ロック』『ラブ・アクチュアリー』)/出演:ドーナル・グリーソン(『レヴェナント:蘇えりし者』『アンブロークン 不屈の男』) レイチェル・マクアダムス(『スポットライト 世紀のスクープ』『きみに読む物語』)
