『パラサイト 半地下の家族』

嘘で終わらせない 正直な結末

 『殺人の追憶』を観た時の衝撃は今も忘れません。1986年ソウル近郊の農村で実際に起きた未解決連続殺人事件。犯人に翻弄され追い詰められていく刑事たちの焦りが、不穏な時代の空気を纏いながら伝わってくる映像描写。事件に永遠に取り憑かれてしまった刑事の顔が目に焼きつき、過去に囚われる恐怖について考え続けました。「観たことを終わらせてくれない映画」でした。2004年3月日本公開。ポン・ジュノ監督長編第2作です。

 そのあとに観た長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』にも夢中になりました。シニカルでポップなストーリー展開は勿論、独創的な構図やディテールがいちいち面白い。マンションの左から右、上から下への追いかけっこ。雨合羽の少女の絶妙なフードの被り方。DVDには監督の絵コンテと本編のシーンを見比べる特典が収録されているのですが、ひとつひとつのカットに迷いのない完成形が存在することに気づき、『殺人の追憶』でも、土手の草むらから人の足元を見上げるような構図や、トンネルの向こう側に佇む人影の見せ方など、力のある画がいくつも存在したことを思い出しました。

 長編3作目の『グエムル-漢江の怪物-』は、家族の深い絆が時に滑稽に、時に常軌を逸して描かれる点と、女性(少女、あるいは母)のたくましさ、というポン・ジュノ作品の魅力がはっきり掴めた作品でした。そして、「食事のシーンが素晴らしい映画に傑作多し」という持論が確立した作品。家族が食卓を囲んでインスタント麺をすするシーンには鳥肌が立ちました。

 『パラサイト』は、国外製作が続いたポン・ジュノの『母なる証明』以来10年ぶりの韓国映画。世界が直面している格差社会への批判以上に、身近なところに強烈なドラマが潜んでいることの面白さをこの映画から受け取りました。ふたつの家族の対比の描写。裕福な一家への侵入を嬉々として楽しんでいた家族が、初めて憎悪や不安を抱いた瞬間。その時から表情が一変する役者たちの圧巻の演技。そして、想像を絶する展開に唖然となる快感。波のように押し寄せる映画の醍醐味にぐいぐい引き込まれていきました。

 来日インタビューで、ソン・ガンホがポン・ジュノ作品の特徴を聞かれ、「嘘で終わらせない正直な結末」と答えていたのが印象に残りました。『パラサイト』の結末に、私は、生存をかけた争いから抜け出せない半地下の家族に対するポン・ジュノ自身の祈りのような想いを見出したからです。心に突き刺さるようなエモーショナルなラストのワンカットは、いつまでも脳裏に焼きついています。そして、最後に登場人物が語るある計画のことを何度も思い出し、「観たことを終わらせてくれない映画」になりました。

 

裕福な一家に最初にパラサイトする息子ギウ役 チェ・ウシク

 『パラサイト』のエンドロールに流れる「Sojo One Glass(焼酎一杯)」は、「映画が終わってもギウが生き続けていくことが感じられるような詞を書いた」というポン・ジュノ監督が、チェ・ウシクに歌わせたのだそうです。私は、この歌を聴きながら映画の中のギウと父親との関係を思い出しました。父をちゃんと立てる息子と息子を誇る父。半地下の家族には、理想的な親子像がありました。綺麗で少し切なさを感じる歌声に、父を慕うギウの想いが伝わってくるようでした。

 チェ・ウシクは、監督の前作『オクジャ/okja』にも出演しています。大企業の雇われドライバーで、面倒に巻き込こまれ、報道陣の前で悪態をついて仕事を辞める。ほんの端役ですが、最後にもう一度だけ登場し、「ああ、あの時のドライバーが」と気づいて嬉しくなる、ちょっと得な役どころでした。同時期に出演したのが『新感染 ファイナル・エクスプレス』。ぱっと見さえない高校野球部員で、女子マネージャーとふたり終盤まで生き延びる役。最初は頼りないけれど、彼女を守り抜くことに必死になっていく。でも、使命に燃えるでもなく、どこまでも普通っぽいところに好感が持て、異常な設定の映画にリアルさを感じさせてくれました。『パラサイト』ではストーリーを引っ張っていく重要な役どころ。でも、強烈な個性を醸し出すでもなく、低めの体温で飄々と演じているところが、やはり彼の持ち味。面白い俳優だなあと思います。

『パラサイト 半地下の家族』

2019年/韓国/監督・共同脚本:ポン・ジュノ(『グエムル –漢江の怪物-』『殺人の追憶』)/出演: ソン・ガンホ(『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』『グエムル –漢江の怪物-』『殺人の追憶』』、チェ・ウシク(『狩りの時間』『新感染 ファイナル・エクスプレス』)