1998年単館公開作品都内興収ベストテン
【1】『ムトゥ 踊るマハラジャ』/シネマライズ
【2】『ポネット』/Bunkamuraル・シネマ
【3】『ブエノスアイレス』/シネマライズ
【4】『阿片戦争』/岩波ホール
【5】『ダロウェイ夫人』/岩波ホール
【6】『CUBE』/シネ・ヴィヴァン・六本木
【7】『パーフェクト・サークル』/岩波ホール
【8】『タンゴ レッスン』/Bunkamuraル・シネマ
【9】『ニューヨーク デイドリーム』/恵比寿ガーデンシネマ
【10】『シューティング・フィッシュ』/シネスイッチ銀座
インド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が、口コミでぐんぐん広がって大ヒット、社会現象として各メディアが競うように取り上げました。突然始まる強烈なソング&ダンスシーン、スーパースターおじさんラジニカーントの圧、女優陣の肉感的な美しさ、パワフルな人生賛歌。食べたことのないスパイスの効いた料理が思わずクセになるような感覚で、初めてのインド映画を楽しんだ人が多かったことでしょう。その後も日本では何年かごとにインド映画ヒット作が登場し続けていて、特に、2017年に公開された『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』の、噂が噂を呼び、盛り上がっていった過程は、この時の『ムトゥ 踊るマハラジャ』ブームを思い起こさせるものがありました。
カナダ映画『CUBE』のヒットの要因も、見たこともない映画と出会った興奮と口コミにありました。いくつかの密室が連なる巨大立方体の中に閉じ込められた見ず知らずの7人の男女が、謎を解きながら必死に脱走を試みるソリッド・シチュエーション・ホラー。ワンセットで登場人物も7人だけの低予算映画ということも話題になりました。
『CUBE』を上映したシネヴィヴァン六本木では、同作が同映画館の最高動員数記録を更新しました。1983年、ジャン=リュック・ゴダール監督作『パッション PASSION』でスタート。<ジョン・カサヴェテス特集><アンドレイ・タルコフスキー特集><ジャック・タチの世界><デレク・ジャーマン:レトロスペクティヴ>など、ひとりの監督の作品を週1本上映する特集や映画祭企画など、監督との出会いの場としてもファンを持つ映画館でした。私自身は、ビクトル・エリセ監督作『ミツバチのささやき』(1985年日本公開)とピーター・ウィアー監督作『ピクニック at ハンギング・ロック』(86)を学生時代に同映画館で観たことが想い出深く残っています。翌1999年の閉館は残念でした。
この連載では、文化通信社が毎年発表し他メディアも公式として使用してきたデータをもとに、その年に都内ミニシアター1館+全国公開された映画の、都内1館で上げた最終興収上位10作を「単館公開作品興収ベストテン」としてご紹介しています。しかしこの年は、都内複数のミニシアターで同時公開した映画がいくつか存在し、その中で、トータル興収では上記のベストテンを塗り替えてランクインする作品が4本存在しました。『フル・モンティ』(シャンテ シネ他計4館)、『ブラス!』(シネ・ラ・セット他計3館)、『ドーベルマン』(シネセゾン渋谷他計4館)、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(シネスイッチ銀座他計2館)です。この現象は2001年以降顕著になりますので、また改めて書きたいたいと思います。
1998年は、『タイタニック』(1997年12月20日日本公開)が興行収入262億円の大ヒットとなった年。2020年7月時点で、日本公開洋画歴代興収ベストワンの記録保持作品です。日本映画史としては、黒澤明監督、木下惠介監督、映画評論家の淀川長治氏が相次いで死去した年でした。淀川長治氏は、雑誌「an・an」の連載コラム「淀川長治の新シネマトーク」(89-99)で『トレインスポッティング』のことを「若者の怒り、人生への反発、何ちゅう凄い演出。タランティーノよりも凄い。英国独特の若者映画」と評価(96年12月6日号掲載)、明治42年生まれの重鎮が、若手監督の新しい映画を心底面白がっていた姿勢は改めて素晴らしいと思いました。