『ミナリ』

監督自身を投影した登場人物が与えてくれた余韻

  映画が終わったあとのエンドロールのキャスト・パートで、最初に息子デビッドのクレジットが出てきた時、デビッドが、監督自身の幼少期を投影した役どころだったことを思い出しました。80年代、米南部アーカンソー州に移住した韓国系移民家族を描いた本作は、リー・アイザック・チョン監督が脚本も手掛け、自身の家族をモデルにした自伝的物語です。

 観ている間、心を持っていかれたのは夫婦の関係描写でした。貯金をはたいて土地を購入し農業で成功する夢に賭ける、何でもひとりで決めてしまう夫。ついていけなくなっていく妻。賃金を得るため夫婦して働きに行く養鶏場の場面、大量のヒナに埋もれながら無表情で黙々と雄雌の鑑定作業をする夫を妻はじっと見つめます。そして、夫婦間の溝は埋まらないかもしれないという矢先の、ある残酷な出来事。その時に取った妻のとっさの行動に胸を打たれました。

 でも、観終わった後に思い出すのは、デビッドがいるシーンばかりでした。地元の少年との友情が生まれた日。少年の父の暴露話をじっと聞き入る表情。両親の激しい口論シーンや養鶏場のシーンにもデビッドは存在いて、姉と一緒に隅で様子を見つめていました。そして、何と言っても、祖母とデビッドとのやりとりは名シーンばかり。共働きで子供の面倒が見られないということで韓国から呼ばれてきた、デビッドいわく「おばあちゃんらしくない」祖母との関りから、デビッドは成長していきます。祖母の言動に反抗ばかりしていた彼は、なぜ嫌なのか、どうしてほしいのかが解っていき、祖母への気持ちが変わり、自分を知り他人を知る力を得ていきます。それは、孫に好かれよう良き大人でいようとするような祖母ではなかったから。祖母を演じるユン・ヨジョンが本当に素晴らしい!

 ラストシーン。たくましく地に根を張るミナリを見つけた父が息子に言うひと言に泣けました。試練の先の一家の未来を見事に示唆した素晴らしい台詞です。監督の幼少期の思い出を形にした本作を観終えて、監督の心に強く残る出来事、祖母の表情、父の言葉のひとつひとつを噛みしめながら、映画の余韻に浸りました。

 本作には、自然の中に身を置いて生きる人間に必要な覚悟と信仰も描かれていました。監督の次作は『君の名は。』のハリウッド実写映画化。「自然や大地に耳を傾け、人への影響を受け入れていくというテーマ」が『ミナリ』と共通しているとし、「愛や家族の物語を地球の環境にも結びつける新海作品を、私が生身の俳優でどのように“翻訳”できるのか期待してほしいです」と語っています。“『ミナリ』の監督兼脚本家の作品らしさ”を見出せる映画になっていてほしいと願うばかりです。

 

監督の分身を演じるということ

『フェアウェル』

 NYに暮らすビリーは、祖母がガンで余命僅かと知らされ中国へ帰郷。両親を含む親族は皆、余命宣告は本人に知らせないという中国のしきたりを守りますが、ビリーだけは真実を伝えるべきではないかと悩みます。祖国の文化、海外へ移住した親世代の価値観、子世代の価値観、それらの共存の難しさと同時に、ビリーと祖母の絆の強さがひしひしと伝わる映画です。

 描かれるのはルル・ワン監督の体験で、ビリーは監督自身がモデル。右往左往する親族たちの中で彼女だけは独り観察者のような心境でいる様子を、演じるオークワフィナがその佇まいで表現し、映画全体の雰囲気をも作り出しました。「おばあちゃんにはやりたいことがあるはず。それに皆にお別れを言いたいかも」とつぶやくシーンでは、その表情や声色で、祖母への想いや自分の立場への迷いといった彼女=監督のこの時の感情が痛いほど伝わってきました。

 今年は『ミナリ』が数々の映画賞で評価され、スティーヴン・ユアンはアカデミー賞主演男優賞にアジア系初ノミネートとなりましたが、昨年は、オークワフィナが本作でアジア系初のゴールデングローブ賞映画部門主演女優賞受賞者に。女優でラッパーで脚本家。芸名には「私は扱いにくいけど、それでいい(I’m very awkward, but it’s fine)」という意味があるそう。『クレイジー・リッチ!』『オーシャンズ8』では、芸名そのままの個性が面白い名脇役でしたが、初主演の本作では彼女の愛嬌が活かされ、演技の幅も見せてくれました。

 

『ミナリ』                                                           2020年/アメリカ/監督・脚本:リー・アイザック・チョン/出演:スティーヴン・ユアン(『バーニング 劇場版』「ウォーキング・デッド」)、ユン・ヨジョン(『ハウスメイド』)、ハン・イェリ(『人狼』)                                                                     『フェアウェル』                                                         2019年/アメリカ/監督:ルル・ワン/出演:オークワフィナ(『クレイジー・リッチ!』)