ANORA アノーラ

ニューヨークでストリップダンサーとして働くアノーラが、ロシアの富豪の御曹司と恋に落ち、衝動的に結婚。ところが息子の結婚に反対する両親がニューヨークまで乗り込み大騒動に・・・。全編ノンブレーキ!セクシーでスタイリッシュでスリリング!スクリーンにくぎ付けになる没入感!

これが私。誰にも邪魔させない。危ういほどのパワーに圧倒されっぱなしの139分の、最後に待っていたのは彼女への愛おしい気持ちで胸が張り裂けそうになるラストシーン。それは、魔法が解けたあとの、アノーラの物語の第2章の始まり。痺れるほどかっこいいエンディング。

こういう作品に出会えるから、映画って面白い!

(2024年/アメリカ/監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー)

野生の島のロズ

人間のために作られたアシストロボットのロズは、不慮の事故で無人島に漂着。見たことない姿形のロズを、島の動物たちは「怪物」と呼び敵対視。ロズは自ら工場へ返品依頼の信号を発信しようとしますが、親を亡くした雁の子どもが卵から孵る瞬間に立ち会ったことで、子どもが巣立ちの日を迎えるまで見守ることを決めます。

ひな鳥の子育てに関しては全くプログラムされていなかったロズが、仲間の助けも借りて立派な親になる姿に胸を打たれますが、ひな鳥キラリの、親がロボットだという理由で仲間外れにされながらも困難も厭わず、努力して大きく成長する姿が、もう、健気で、立派で!

そしてこの映画は、キラリの巣立ちの日を見届けた先に、「共存」という、もうひとつのテーマを見せてくれます。

メッセージ性が強い映画ですが、それが素直に心に響くのは、とてもシンプルな考え方で物事が解決していくから。多種多様な動物たちが縄張り意識で敵対する状況が、ある動物のたったひと言で変わったりするのです。現実は、シンプルなことを複雑にしてしまっていると気づかされます。

温かくて、美しいアニメーション映画です。

(2024年/アメリカ/監督:クリス・サンダース)

ドライブ・イン・マンハッタン

ニューヨーク、JFK空港からマンハッタンまで、真夜中のタクシーの車内で運転手と女性客が交わす会話。この映画は、ほぼ全編がその会話のシーン。
動かない人物の代わりに変化するのが窓から見える夜景で、殺風景な高速道路をしばらく走り、見えてくる煌々とした摩天楼。トンネルを抜けてマンハッタンに入ると車の旅もいよいよ終わりに近づく・・・そんな風景の変化と共に、ふたりの会話の内容も変化していくという構成が見事です。

波長が合ったふたり。女性客は、誰にも言えない恋愛の悩みや幼少期の出来事を打ち明け、運転手は背負い続けてきた人生の重みを解きほどくように自分のことを話し始める。演じるダコタ・ジョンソンとショーン・ペンの、顔の動きや声のトーン、ちょっとしたしぐさからも目が離せません。ショーン・ペンは久々の主演作。渋みと軽さを併せ持つ人物というハマり役で彼の演技を見られる幸せ!

昨日テレビで、ロサンゼルスでAIによる無人タクシーが本格的に運行している映像を見ました。クリスティ・ホール監督は本作のテーマを、人と人とのつながりの力、自分とは違う環境や考え方の人とただ話すという行為から生まれる発見と語っていますが、この映画の設定が、もうすぐに昔の時代のものになるのだと思い少し切ない気持ちになりました。

(2023年/アメリカ/監督・脚本:クリスティ・ホール)

ファーストキス 1ST KISS

結婚して15年目に夫・駈を事故で失い、倦怠期で不仲なまま残された妻・カンナは、ある日15年前にタイムトラベルする。そこには、自分と出会う直前の夫がいた・・・。人を愛するということについて考えさせられる珠玉のラブストーリーです。

カンナは過去を変えられることを知り、何度も何度も15年前に戻ります。事故で死んでしまうという彼の運命を変えたいから。でも、何度変えようとしても失敗します。それでも諦めません。自分と結婚しないよう、別の女性と結ばれるよう仕掛けることさえ厭いません。
一方、駈は、ある日出会った年上の彼女に恋をします。話をすればするほど愛しくなります。そして本人は全く気付いていないけれど何度も何度も彼女に初めて出会い、何度出会っても、今、目の前にいる彼女が大好きになります。

松たか子と松村北斗が、ファンタジー要素の強い物語のなかで違和感や無理矢理感を全く感じさせることなく主人公を演じます!

恋愛も人生も後悔をいっぱいします。
でも、間違いだったと思ったりしなくていい。
観る前の自分よりも、恋愛にも人生にも前向きな自分になって映画館をあとにしました。とても濃密で心に染みるる2時間でした。

(2025年/日本/監督:塚原あゆ子)

ザ・ルーム・ネクスト・ドア

不治の病に侵された親友マーサに、自分が死ぬとき隣の部屋にいてほしいと頼まれるイングリッド。「ドアを開けて寝るけれど、もしドアが閉まっていたら、私はもうこの世にはいない」。自らの手で人生の最期を迎えようとするマーサと、彼女に寄り添うイングリッドが、共に過ごす数日間の物語。

死に向かい合う映画ですが、悲愴感はありません。死を受け入れる覚悟が決まっているマーサは、身体は徐々に弱りながらも活力に溢れ凛々しく在り続けます。反対に死を恐れていたイングリッドも、マーサの生き方を尊重する覚悟をしてからは強い意志で彼女と共に生き抜きます。そして、ふたりがかつて同じ男を愛していたという設定が映画に情熱的な色彩を添えます。

マーサには疎遠になった娘がいて、娘が知りたがっていたのに話すことのできなかった物語…自分がどんな恋愛をしてあなたが生まれたのか…をイングリッドに打ち明けます。その物語が映画のラストに繋がっていくのです。人生とは、自分を形成しているものを知り、探し、向き合う旅なのかもしれない。この映画を観たあと、死についてではなく、人生について誰かと話したくなりました。

ふたりの女性の大胆さと繊細さを見事に演じたふたりの女優に感服です!

(2024年/スペイン・アメリカ/監督・脚本:ペドロ・アルモドバル)

渡辺儀助77歳。元大学教授で今はリタイア。妻に先立たれている彼は、自分のペースで日々を丁寧に暮らす。毎日の料理を自分で作り、珈琲豆を挽いて食後に飲む。時に晩酌も楽しみ、時々家に訪れる元教え子に不純な期待を持ったりもする。預貯金の残高と生活費があと何年持つかを計算し、自分の寿命を知ることが潔く生きるモチベーション。そんな、自己管理を徹底しながらも穏やかな老後を過ごす儀助の元に、ある日突然「敵」が現れる。

敵とは何なのか。本当に敵なのか。逃げるべきなのか。

儀助の生活を眺める心地よい前半から一転、敵に儀助の日常が侵食される後半のカオス状態・・・映画に漂う空気がこんなに変わるとは!人間の滑稽さに思わず笑ってしまう部分も。

そして原作にはなかったというラストの大団円。俳優を信じ、俳優が応えるからこそ生まれる映画ならではの表現を、存分に堪能するラストシーンに鳥肌です。

長塚京三、瀧内公美、黒沢あすか、河合優実、松尾諭、松尾貴史、カトウシンスケ、中島歩。全員が他に考えられない最高のキャスティング。

映画では、敵が何かということを明示しません。でも私はこの映画で、私の前にも来るべき時に現れる「敵」の正体を知りました。
そして「さあ来い!」という気持ちになりました。何とも愉快で、心に染みる映画でした。

(2024年/日本/監督・脚本:吉田大八)

港に灯がともる

阪神・淡路大震災の翌月に神戸に生まれた主人公・灯は、母からは自分を生むのがどれだけ大変だったかということを、父からは目の前で息を引き取った知人たちを助けられなかった悔いを、ずっと聞いて育ってきたことで何かを背負わされているような感覚に押しつぶされて生きている。設計事務所で働き始め、やりがいを見出した矢先、コロナ禍で灯が関わっていた仕事が中止になってしまう。

アフター震災世代の苦悩について、すごく考えさせられる映画です。
何も覚えていない。何も知らない。なのに何かを背負わされているような感覚…。

でも灯には、周りにとても素敵な大人たちがいます。設計士の青山さん、事務所先輩の桃生さん、丸五市場の平良さん。それぞれの言葉や行動が灯の心の糧になります。
私も、その子にとって今聞けてよかったということが言える大人になりたい。
もう何十年も大人をやってきているのに、切実に思いました。

富田望生の丁寧な演技がいい。監督は「カムカムエヴリバディ」「カーネーション」などの演出を手掛けた安達もじり。エンドロールの最後の最後まで、ヒロインの心に寄り添う映画です。

(2025年/日本/監督・脚本:安達もじり)

繕い合う・こと

亡き父の跡を継ぎ金継ぎ師の道を選んだが、わだかまりを抱えている兄と、
これといった目標もなく、父を継いだ兄に対して焦りや羨望から苛立ちを覚えている弟。
歪になっていた兄弟の関係が修復されていく様を、金継ぎをモチーフにして描かれていきます。

リズムや質感のようなものが何とも心地ちよく、自然に物語に引き込まれます。
でも、心地よいだけではない映画。ふたりの、ある年の瀬の数日間を観ているうちに、気づくと私自身と向き合っていて、毎日ちゃんと丁寧に過ごせている?この先のことは?なんてことを真剣に考えていました。
それはきっと、兄の日常のルーティンの描写や、変わらないと思っていたことが変化する瞬間、兄弟の距離感のリアルさ、そして風景も、ひとつひとつが丁寧に描かれているからだと思います。

次の暮れも、きっと変わらず兄弟ふたりで大掃除して、そして初詣に行って、その時はきっと変わらず弟の方が少し長くお参りするんだろうな。
・・・新しい年に観るのにぴったりの映画です。

壊れた部分を隠すのではなく、あえて金粉で目立たせるというデザインが金継ぎの特徴。「金継ぎは、傷を無かったことにはしない」という映画の中のセリフに心掴まれました。私が金継ぎに魅力を感じていた理由に気づかせてくれた映画にもなりました。

(2023年/日本/企画・監督・脚本・編集:長屋和彰)

正体

殺人事件の容疑で死刑判決を受けた鏑木は、脱走に成功し、日本各地に潜伏しながらその都度姿を変え逃亡を続ける。 各地で鏑木と出会う和也、沙耶香、舞、そして鏑木を追う刑事の又貫は、ある目的のために正体を隠す彼に翻弄される。

原作者・染井為人の「ぼくが描かなかった部分をあえて主軸に置いた映画『正体』は、小説『正体』のアンサー作品です」というコメントを読んで、すぐに小説を購読!結末が全く違うことを知りました。小説の結末には、2時間では到達できない奥の深さを感じ、一方、映画は、この物語を締めくくるのに一番求めたい結末でした。確かに、この映画は小説への「アンサー作品」だと思います。

横浜流星がいい!極真空手初段、ボクシングのプロテスト合格という彼の類稀なる身体能力を脱走シーンで堪能できます。そして、目の美しさが印象に残りました。強くて真っ直ぐで嘘のない目。映画前半の鏑木の正体不明な不気味さは、前半の彼の変装が、前髪が長かったり分厚い眼鏡をかけてたりして目を隠していることで表現できていたのではないかしら。2025年のNHK大河『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』が放送開始。森下佳子脚本作品のファンとして楽しみにしていますが、主演の横浜流星にも注目です!

(2024年/日本/監督・共同脚本: 藤井道人)

型破りな教室

今年も残り数日となったタイミングで、またこんな素晴らしい映画を観ることができるなんて!終映後場内が明るくなるのが恥ずかしいくらい感動で泣き腫らしました。

私は小学校時代、先生にとても恵まれました。人生に大切なものを教えてくれた先生。自分も絶対に先生になるんだという思いを持ち続けていたのですが、私には無理だと諦めるきっかけの出来事も経験。なので、教師と生徒のドラマに関しては、理想ばかりを描く生優しい映画を観るとすっかり冷めてしまいます。

この映画、まずは、教師が生徒たちの眩しいほどの急激な成長ぶりに喜び、焦りもする描写がよいんです。そして、教師は型破りな授業で生徒たちを「導く」のではなく生徒たちの才能を「引き出す」、その過程の描写の説得力!生徒役の子役たちの神懸った演技に脱帽です。

アメリカとの国境近く、治安最悪な町の小学校で起こった実話の映画化。教師と、宇宙工学者になりたい女子生徒にはモデルが存在しますが、哲学の本に夢中になる女子生徒と、ニコという名の男子生徒は映画のための架空の人物。このふたりの存在が、貧困と犯罪から逃れられない環境故の、子供たちの前に立ちはだかる厳しい現実を浮き上がらせます。

生徒の父親が教師に言います。「子供に夢を見させないでくれ。自分の可能性に目覚めても、現実に戻った時に絶望するだけだ」。言い返せず苦しむ教師。でも、学びを知った子どもは本当に絶望するだけだろうか?

難しいその問いに、この映画は最後にちゃんと答えを出してくれました。あー、思い出すだけで泣けてきます。


(2023年/メキシコ/監督:クリストファー・ザラ)