2020年映画ベストテン

1.『ダウントン・アビー』

2.『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』

3.『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』

4.『1917 命をかけた伝令』

5.『パラサイト 半地下の家族』

6.『ペイン・アンド・グローリー』

7.『TENET/テネット』

8.『レ・ミゼラブル』

9.『はちどり』

10.『ミセス・ノイズィ』

 

『パラサイト 半地下の家族』日本公開にあたりポン・ジュノ監督がコメントした次の言葉が印象に残っています。「映画が世界を変えられる、と確信を持って言うことはできません。しかし、映画は世界をありのままに映し出すことができると思います。ですから、世の中を生きることに力尽き疲れてしまった人たちがこの映画を観て、癒され救いが得られることを願っています」。実際の事件を大胆に脚色した『ミセス・ノイズィ』は、まさにそんな映画でした。SNS炎上やメディアリンチなど社会の歪みを痛烈に描きながら、真実をさらした先に、人は必ず分かり合えるというこれ以上ない心強いメッセージを用意してくれていました。ひとりの少女の日常の出来事をひとつひとつ紡いでいく『はちどり』は、1994年の聖水大橋墜落事故を映画の中でのクライマックスとして描くことで、不穏な時代の中で必死に羽を広げようとする少女のもがきが切実に伝わってきました。崩れることなど想像もしていなかった、信じて疑わなかったものが突然失われるという事態が、少女にとってどのような経験として描かれたかがこの映画の肝です。私は少女が成長する姿に救われました。一方、救いの全くないラストシーンに打ちのめされたのが『レ・ミゼラブル』でした。舞台のボスケ団地で育ち暮らす監督にしか撮ることのできない現実。この内容にしてどの登場人物にも善悪をつけずに描ききる覚悟。全ては環境のせいと考えることがせめてもの心の拠り所となった映画でした。

『はちどり』のキム・ボラ監督と『レ・ミゼラブル』のラジ・リ監督は、共にこれが長編デビュー作。次作も注目したい監督が増えた嬉しさと共に、2020年は、思い入れの強い監督たちの新作を楽しんだ年でした。『ペイン・アンド・グローリー』では、母への愛が溢れる冒頭のシーンから映画への愛で締め括るラストカットまで、濃厚なペドロ・アルモドバル節に痺れ、『TENET/テネット』では、時間を自在に操る技巧以上に、自分の存在意義を問いながら生き続ける男の苦悩がクリストファー・ノーラン監督作品に胸を打たれる要素だと改めて気付かされました。そして、社会の二極化を強烈な設定で表現した『パラサイト 半地下の家族』。目を逸らしたくなるほど残酷な悲喜劇の最後に、ポン・ジュノ監督は、救いを見出せるラストシーンを用意してくれていました。『殺人の追憶』や『グエムル -漢江の怪物-』もそうでしたが、この監督の映画の余韻が私は好きです。

『1917 命をかけた伝令』は、若き兵士が四方を飛び交う弾丸をよけながら走り抜くクライマックス・シーンに泣きました。そして、『1917 命をかけた伝令』と『TENET/テネット』は、ジャンルは違いながら課せられた任務を全うする男の凛々しさに共に強く感情を揺さぶられました。

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』と『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』は、どちらも、学園ものにありがちなヒエラルキー&キャラクター設定を軽やかに弾き飛ばす大胆さと、登場する全ての個性を平等に肯定し愛おしむ繊細さが見事にブレンドされていて、大好きな2本でした。「ハーフ・オブ・イット』は、全編に漂う優しい空気が心地よく、時折登場する映画の小ネタにワクワク。『ブックスマート』は、過激ながら胸に染みるセリフが満載でした。

そして、私にとって2020年一番の映画は『ダウントン・アビー』です。1927年のイギリス。新しい価値観が生まれ時代が動いていくなかで、登場人物たちは全員が自分の幸せを追求し続けていて、そして誇り高く生き抜いていました。公開日を指折り数えながらTVシリーズをおさらいし、鑑賞後に食事する店のセレクトもイベントになり、友人たちと感想を交換しあう。場内に沸いた高揚感や映画館を出た時の気分すらも鮮明に思い出せます。今は言うまでもなく様々なメディアで映画を観ることができますし、今年は、そのことが非常に意味を持った年でもありました。でも、映画館の空気も含めて映画を心に刻む行為は、これからも楽しみに重ねていきたいです。

連載⑩ミニシアター系映画史1999年

1999年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『バッファロー’66』/シネクイント

【2】『宗家の三姉妹』/岩波ホール

【3】『ベルベット・ゴールドマイン』/シネマライズ

【4】『ラン・ローラ・ラン』/シネマライズ

【5】『セントラル・ステーション』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『鳩の翼』/Bunkamuraル・シネマ

【7】『ポーラX』/シネマライズ

【8】『タンゴ』/Bunkamuraル・シネマ

【9】『ビッグ・リボウスキ』/シネマライズ

【10】『運動靴と赤い金魚』/シネスイッチ銀座

 

 多目的ホールSPACE PART3を映画専門館にリニューアルし、7月にオープンしたシネ・クイントの第1弾『バッファロー’66』。ニューヨーク出身のヴィンセント・ギャロが、監督・主演・美術・音楽を手掛けるというトンがった俺様映画でありながらも、ダメ男の哀しさや、クリスティーナ・リッチ演じるヒロインの優しさで妙に人肌の温もりを感じる不思議な映画でした。パルコのイメージキャラクターへの起用、アパレルとのコラボ、車のCMへの出演、そして来日キャンペーンと、日本ではまだ無名だったギャロを徹底的に売り出すというこの映画ならではの宣伝が見事にハマり、時代の映画になっていきました。

 70年代グラムロックを題材に、人気ミュージシャン失踪事件の真相を追うことになった新聞記者が、彼のファンだった過去の自分と対峙していく『ベルベット・ゴールドマイン』も、豪華なサウンド・トラックとグラマラスなビジュアルを最大限に使ってグラムロック・ブームを掻き立てたことが映画のヒットに繋がりました。デヴィッド・ボウイとイギー・ポップのニュー・アルバムがこのタイミングにリリースされ、映画業界と音楽業界がタッグを組んでブームを盛り上げたことも印象的でした。

 ドイツ映画『ラン・ローラ・ラン』は、恋人の窮地を救うため20分で金を工面することになったローラが、ベルリンの街をまさにタイトル通り走り続ける映画で、上手くいかなくなると初めからやり直すという具合にして結末が変わる3通りの展開を順に見せる構成と、ビデオ映像、アニメ、画面分割、コマ送りなどさまざまな手法を駆使する表現がとにかく新鮮でした。

 この年には、天才数学者の前にある日コンピューターが巨大な数字の塊を吐き出し始めるという不条理な設定を、全編モノクロームの世界で見せるダーレン・アロノフスキー監督の出世作『π』や、ある事故を境に現実と夢が曖昧になっていくプレイボーイの、幻覚の描写に目を奪われたアレハンドロ・アメナーバル監督の出世作『オープン・ユア・アイズ』も公開。前年の『CUBE』に続き、エッジの効いた面白い映画が次々に現れた時期でした。これらの作品に人を惹きつけるパワーがあった理由は、映像表現が独創的で斬新だっただけではなく、人間のもがきや葛藤といったものをそこに見出し、観る者の感情がざわざわと動いたからだったと思います。『オープン・ユア・アイズ』には、償えない罪に人生を支配され続ける苦痛が、『π』には、何かに異様に取り憑かれた人間の行き着く果てがありました。そして、『ラン・ローラ・ラン』は、一瞬の判断ですべてが変わってしまうという、引き返せない愛や人生を思い知らされる映画でした。

連載⑨ミニシアター系映画史1998年

1998年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『ムトゥ 踊るマハラジャ』/シネマライズ

【2】『ポネット』/Bunkamuraル・シネマ

【3】『ブエノスアイレス』/シネマライズ

【4】『阿片戦争』/岩波ホール

【5】『ダロウェイ夫人』/岩波ホール

【6】『CUBE』/シネ・ヴィヴァン・六本木

【7】『パーフェクト・サークル』/岩波ホール

【8】『タンゴ レッスン』/Bunkamuraル・シネマ

【9】『ニューヨーク デイドリーム』/恵比寿ガーデンシネマ

【10】『シューティング・フィッシュ』/シネスイッチ銀座

 

 インド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が、口コミでぐんぐん広がって大ヒット、社会現象として各メディアが競うように取り上げました。突然始まる強烈なソング&ダンスシーン、スーパースターおじさんラジニカーントの圧、女優陣の肉感的な美しさ、パワフルな人生賛歌。食べたことのないスパイスの効いた料理が思わずクセになるような感覚で、初めてのインド映画を楽しんだ人が多かったことでしょう。その後も日本では何年かごとにインド映画ヒット作が登場し続けていて、特に、2017年に公開された『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』の、噂が噂を呼び、盛り上がっていった過程は、この時の『ムトゥ 踊るマハラジャ』ブームを思い起こさせるものがありました。

 カナダ映画『CUBE』のヒットの要因も、見たこともない映画と出会った興奮と口コミにありました。いくつかの密室が連なる巨大立方体の中に閉じ込められた見ず知らずの7人の男女が、謎を解きながら必死に脱走を試みるソリッド・シチュエーション・ホラー。ワンセットで登場人物も7人だけの低予算映画ということも話題になりました。

 『CUBE』を上映したシネヴィヴァン六本木では、同作が同映画館の最高動員数記録を更新しました。1983年、ジャン=リュック・ゴダール監督作『パッション PASSION』でスタート。<ジョン・カサヴェテス特集><アンドレイ・タルコフスキー特集><ジャック・タチの世界><デレク・ジャーマン:レトロスペクティヴ>など、ひとりの監督の作品を週1本上映する特集や映画祭企画など、監督との出会いの場としてもファンを持つ映画館でした。私自身は、ビクトル・エリセ監督作『ミツバチのささやき』(1985年日本公開)とピーター・ウィアー監督作『ピクニック at ハンギング・ロック』(86)を学生時代に同映画館で観たことが想い出深く残っています。翌1999年の閉館は残念でした。

 この連載では、文化通信社が毎年発表し他メディアも公式として使用してきたデータをもとに、その年に都内ミニシアター1館+全国公開された映画の、都内1館で上げた最終興収上位10作を「単館公開作品興収ベストテン」としてご紹介しています。しかしこの年は、都内複数のミニシアターで同時公開した映画がいくつか存在し、その中で、トータル興収では上記のベストテンを塗り替えてランクインする作品が4本存在しました。『フル・モンティ』(シャンテ シネ他計4館)、『ブラス!』(シネ・ラ・セット他計3館)、『ドーベルマン』(シネセゾン渋谷他計4館)、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(シネスイッチ銀座他計2館)です。この現象は2001年以降顕著になりますので、また改めて書きたいたいと思います。

 1998年は、『タイタニック』(1997年12月20日日本公開)が興行収入262億円の大ヒットとなった年。2020年7月時点で、日本公開洋画歴代興収ベストワンの記録保持作品です。日本映画史としては、黒澤明監督、木下惠介監督、映画評論家の淀川長治氏が相次いで死去した年でした。淀川長治氏は、雑誌「an・an」の連載コラム「淀川長治の新シネマトーク」(89-99)で『トレインスポッティング』のことを「若者の怒り、人生への反発、何ちゅう凄い演出。タランティーノよりも凄い。英国独特の若者映画」と評価(96年12月6日号掲載)、明治42年生まれの重鎮が、若手監督の新しい映画を心底面白がっていた姿勢は改めて素晴らしいと思いました。

連載⑧ミニシアター系映画史1997年

1997年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『トレインスポッティング』/シネマライズ

【2】『シャイン』/有楽町スバル座

【3】『レオン 完全版』/シネセゾン渋谷

【4】『秘密と嘘』/シャンテ シネ

【5】『カーマ・スートラ』/シネスイッチ銀座

【6】『ファーゴ』/シネマライズ

【7】『花の影』/Bunkamuraル・シネマ

【8】『アントニア』/岩波ホール

【9】『ある老女の物語』/岩浪ホール

【10】『奇跡の海』/シネマライズ

 

 ミニシアター系映画史にとって非常に重要な1997年。

 ミニシアターで公開したイギリス映画が次々にヒットし、日本でイギリス映画ブームが起きた年です。

 ダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』。マイク・リー監督作『秘密と嘘』、ランク外ですが、ケン・ローチ監督作『自由と大地』、マイケル・ウィンターボトム監督作『日蔭のふたり』。そして、ピーター・カッタネオ監督作『フル・モンティ』とマーク・ハーマン監督作『ブラス!』(共に12月公開のため興収発表年は翌年)。その後の新作も日本で公開され続けてきた監督たちの作品が、揃って公開されました。なかでも『トレインスポッティング』と『ブラス!』は、ファッションや音楽の分野にも大きな影響を与えながらブームを牽引しました。映像ソフトレンタル店が、それまでのメジャー級ヒット作で棚を埋める状態から、多様なニーズに応える品揃えを重視し始めるきっかけとなったのもこのイギリス映画ブーム。ミニシアター系映画に対して、小難しいアート映画という認識以上に、今を生きる自分たちの心に深く訴えかける映画、人生を変えるほどの出会いとなる映画、というイメージを強く持たれることになった点にも、この2作は大いに貢献しました。クオリティ・ピクチャーズという言葉も生まれました。

 サッチャー政権でどん底の不況に喘いだイギリスで、人々の不安や苦しみを肌で知り尽くした監督たちによる自分たちの映画が次々と生まれ始めた90年代。かつてのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴのように社会への怒りを表現するのではなく、信用できるものは何もない、今この快感だけが紛れもない事実、として陽気で悲惨な若者たちの生々しい姿をあぶり出した『トレインスポッティング』。そして、廃坑で揺れる炭坑町のブラスバンドの奮闘ぶりを温かく描きながら、反発や逃避ではなく一体感で現実と向き合おうと訴えた『ブラス!』。テイストは違いますが、強烈に「今」を描いたこれらの映画が、面白くないはずがありません。

 世界中で大ヒットした『トレインスポッティング』で、ダニー・ボイルは一躍イギリスを代表する監督となり、2012年ロンドンオリンピック開会式では芸術監督に就任。イギリスが誇るさまざまなカルチャーを扱いながらも、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)がエリザベス2世をバッキンガム宮殿から会場へヘリコプターでエスコートするなど映画ファン大興奮の演出を随所で見せてくれました。そして、『トレインスポッティング』と『ブラス!』の両作品に出演したユアン・マクレガーは、2年後に公開された『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(99)のオビ・ワン=ケノービ役に大抜擢されたのです。

 『ブラス!』は、実在の名門ブラスバンド、グライムソープ・コリアリー・RJB・バンドの実話を映画化したもので、同バンドは、日本での本作のヒットを受けて来日公演を二度も果たしてくれました。Bunkamuraオーチャードホールでの公演「Brass! Tour」を観た時の感動は忘れられません。目の前で映画と現実との境界線が消えた、最高の時間でした。

連載⑦ミニシアター系映画史1996年

1996年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『眠る男』/岩波ホール

【2】『イル・ポスティーノ』/シャンテ シネ

【3】『スモーク』/恵比寿ガーデンシネマ

【4】『天使の涙』/シネマライズ

【5】『フィオナの海』/岩波ホール

【6】『デッドマン』/シャンテ シネ

【7】『ユージュアル・サスペクツ』/銀座テアトル西友

【8】『PiCNiC』『FRIED DRAGON FISH』/シネセゾン渋谷

【9】『ユリシーズの瞳』/シャンテ シネ

【10】『幻の光』/シネ・アミューズ

 

 岩波ホールでロングランした小栗康平監督作『眠る男』、前年に長編映画デビュー作『Love Letter』がヒットした岩井俊二監督の短編二本立て、是枝裕和監督の長編映画デビュー作『幻の光』。日本映画が複数ランクインした年でした。1974年に立ち上げミニシアターの先駆けとなった岩波ホールは、「自国のアイデンティティーを持ち、紛れもなくその国の視点で描いた作品」にこだわる映画館。作家主義をファッション化させる技に長け、企画上映や関連グッズ販売展開も常に注目されたシネセゾン渋谷。そして、「新しい監督や俳優にいち早く目をつけるポップで若々しいラインアップ」を掲げて前年の1995年にオープンしたシネ・アミューズ。映画館がそれぞれの目利きで作品を選んでいたからこそ、さまざまなタイプの日本映画が同時期に公開され、多くの観客を楽しませてくれました。日本映画のメッカ、テアトル新宿で北野武監督作『キッズ・リターン』がロングランヒットしたのも、この年でした。

 「日本映画のニューパワー」…1996年は、そんな見出しと共に、さまざまなメディアで日本映画の勢いが紹介された年でした。6月22日、<新世代フィルムメーカーズナイト>と銘打ったイベントがテアトル新宿で開催。橋口亮輔監督作『渚のシンドバッド』、塚本晋也監督作『TOKYO FIST』、室賀厚監督作『SCORE』、是枝裕和監督作『幻の光』、以上4作品の上映とトークショーで構成されたこのオールナイト・イベントが満席御礼立ち見状態、その勢いが証明された日になりました。青山真治監督、岩井俊二監督、篠崎誠監督、古厩智之監督、矢口史靖監督らも含めた彼ら1960年代生まれの若手監督たちの、個性的で作家性の色濃い作品は、海外の映画祭で高く評価され重要な賞を受賞することも多く、逆輸入的に国内でも評価されるケースも注目されました。

連載⑥ミニシアター系映画史1995年

1995年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『王妃マルゴ』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『リアリティ・バイツ』/恵比寿ガーデンシネマ

【3】『午後の遺言状』/有楽町スバル座

【4】『カストラート』/シネマライズ

【5】『ショート・カッツ』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『Undo』『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』/テアトル新宿

【7】『恋する惑星』/銀座テアトル西友

【8】『エド・ウッド』/シャンテ シネ

【9】『イヴォンヌの香り』/シネスイッチ銀座

【10】『深い河』/シャンテ シネ

 

 前年10月8日にオープンした恵比寿ガーデンシネマの上映第1作目『ショート・カッツ』と、続いて上映した『リアリティ・バイツ』が共にロングランし、この年のランキングに入りました。恵比寿ガーデンシネマは、アメリカで公開されても興行的に成功しなかった、あるいはメジャー級の俳優が出演していないなど、様々な理由で埋もれている多くの傑作を発掘して紹介したいという理由から、オープン後5年間は英語圏の映画のみラインアップすると宣言した映画館でした。その後、5年目のアニバーサリー記念として英語圏以外の映画上映もスタート、その第1弾として、日本人にはまだ馴染みの薄かったポルトガル語圏の映画『セントラル・ステーション』をセレクトしたことに同館のこだわりが伝わりました。また、パンフレットに対するこだわりも強い映画館で、観客がその映画の世界観を抱えて持ち帰る楽しさを考え尽くしたパンフレットを販売しました。『17歳のカルテ』(00年日本公開)のポケットにしのばせる日記のようなサイズに包帯を巻いたもの、そして、『地球は女で回ってる』(98)のウディ・アレン作品らしいコレクション欲を満たしてくれる仕様のものが、恵比寿ガーデンシネマで購入した個人的二大お気に入りパンフレットです。

 この頃のミニシアター系映画には楽曲が印象的な存在となっているものが多いことを、この年の映画を振り返ると気づかされます。『リアリティ・バイツ』のリサ・ローブ&ナイン・ストーリーズ“Stay”、『恋する惑星』のフェイ・ウォン“夢中人”、『レオン』(95)のスティング“Shape of My Heart”、『プリシラ』(95)のグロリア・ゲイナー“恋のサバイバイル”。そして、『トレインスポッティング』(97)のアンダーワールド“Born Slippy Nuxx”、『ロミオ+ジュリエット』(97)のデズリー“Kissing You”、『シティ・オブ・エンジェル』(98)のアラニス・モリセット“Uninvited”、『ノッティングヒルの恋人』(99)のエルヴィス・コステロ“She”、『カラー・オブ・ハート』(99)のフィオナ・アップル“Across The Universe”。往年のナンバー、映画のために書き起こされたもの、名曲のカヴァーなどさまざまですが、いずれも、映画を彩るのではなく映画そのものと同化してしまう、そんな特別な存在の楽曲が、その映画をさらにドラマティックなものにしました。

 外資系大型CDショップが相次いで日本上陸した90年代。タワーレコード渋谷店が新装オープンしたのがこの年でした。どこのショップにも大抵サントラコーナーが設置されており、輸入盤・国内盤が混在しながら新作・旧作の映画音楽との出会いの場となっていました。クエンティン・タランティーノ監督の名を一躍轟かせた『パルプ・フィクション』(日本公開日は、冒頭でご紹介した恵比寿ガーデンシネマのオープニングと同じ日)は、70年代のポップスやソウルなどからの選曲が大いに注目され、サントラコーナーの花形として長く君臨し続けました。

 

連載⑤ミニシアター系映画史1994年

1994年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『さらば、わが愛/覇王別姫』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『日の名残り』/シャンテ シネ

【3】『ピアノ・レッスン』/シャンテ シネ

【4】『青いパパイヤの香り』/シネマスクエアとうきゅう

【5】『トリコロール/青の愛』/Bunkamuraル・シネマ

【6】『戯夢人生』/シャンテ シネ

【7】『エム・バタフライ』/シネマスクエアとうきゅう

【8】『キカ』/シネスイッチ銀座

【9】『我が人生最悪の時』/シネスイッチ銀座

【10】『バック・ビート』/丸の内シャンゼリゼ

 

 この年を代表する映画は、中国激動の時代を生きた京劇俳優たちの一大抒情詩『さらば、わが愛/覇王別姫』でした。異国文化への憧憬もありますが、主演のふたり、レスリー・チャンとコン・リーの人気もヒットの要因だったと思います。監督はチェン・カイコー。本作で中国語映画に初めてカンヌ国際映画祭パルムドールをもたらし、彼を含む中国第五世代と呼ばれる監督たちの台頭が国際的に注目されました。日本では、チャン・イーモウ監督の方が早く紹介され、『紅いコーリャン』(89年日本公開)『菊豆』『紅夢』『秋菊の物語』と立て続けに公開、その全作品でヒロインを演じていたのがコン・リーで、大地を思わす逞しさと包容力を体現する女優の登場は衝撃でした。チャン・イーモウはその後『初恋のきた道』でチャン・ツィイーを輩出し、『HERO』『グリーン・デスティニー』といった多国籍合作映画を成功させます。一方チェン・カイコーは、次作『花の影』(97年日本公開)でレスリー・チャンとコン・リーを再び起用、同作も日本でヒットしました。

 レスリー・チャンを語るのに、日本の90年代香港映画ブームのことは外せません。複数の男女の無軌道な愛が交錯する『欲望の翼』と『恋する惑星』の公開がきっかけとなり、女性を中心に香港映画ブームが到来しました。なかでも独特の湿度と色気が漂うウォン・カーウァイ監督作品がブームの中心で、撮影監督クリストファー・ドイルとの黄金コンビも注目され、その中で輝いたのがレスリー・チャン。突然の死も含めて伝説となった俳優です。

 サイゴンの富豪一家に女中として雇われた女の生涯が描かれ、色彩、リズム、登場する数々のベトナム料理が新鮮だった『青いパパイヤの香り』も印象深い映画です。本作を上映したシネマスクエアとうきゅうは、1981年にオープンし、ミニシアターブームに先鞭をつけた映画館でした。「大劇場でのロードショーでは採算が合わないが、お蔵入りにするのはもったいない良質の映画を救済する」という劇場誕生の方針通り、ひと味違う映画との出会いの場として記憶に残っています。私にとっては、『薔薇の名前』(87年日本公開)『ゴシック』(88)『聖なる酔っぱらいの伝説』(90)『マッチ工場の少女』(91)『希望の街』(92)など、その後追いかけるように作品を観ることになる映画監督を初めて知る映画館でもありました。

連載④ミニシアター系映画史1993年

1993年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『インドシナ』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『クライング・ゲーム』/シネスイッチ銀座

【3】『乳泉村の子』/岩波ホール

【4】『野性の夜に』/シネマライズ

【5】『オルランド』/シャンテ シネ

【6】『森の中の淑女たち』/岩波ホール

【7】『嵐が丘』/有楽町スバル座

【8】『赤い薔薇ソースの伝説』/シャンテ シネ

【9】『愛を弾く女』/Bunkamuraル・シネマ

 

 女の生き様を描く壮大なフランス製大河ロマン『インドシナ』、アイルランド出身ニール・ジョーダン監督が仕掛けるサスペンス『クライング・ゲーム』、残留孤児の成長と中国人養母の国境を越える愛情を描いた『乳泉村の子』、ヴァージニア・ウルフの同名小説を大胆な解釈と配役で見せるイギリス映画『オルランド』、愛憎の輪廻を幻想的に描くメキシコ映画『赤い薔薇ソースの伝説』。さまざまなテイストの映画がミニシアターで公開しヒットしました。

 ランキング外ではありますが、アッバス・キアロスタミ監督による87年製作の『友だちのうちはどこ?』が公開されたのはこの年でした。本作は、日本で初めて劇場公開されたイラン映画。その後も日本では、『運動靴と赤い金魚』(99年日本公開)、アカデミー賞外国語映画賞受賞作『別離』(12)、『人生タクシー』(17)などイラン映画のヒット作がコンスタントに登場し続けています。

 これもランキング外ですが、この年に公開された『少年、機関車に乗る』も印象深い映画でした。父親を探して旅する兄弟の姿を描いたロードムービーで、なぜか土を食べる奇癖を持つ弟と、弟を気遣う優しい兄の姿を思い出し、無性にもう一度観たくなりました。日本で初めて公開されたタジキスタン映画です。

連載③ミニシアター系映画史1992年

1992年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『ナイト・オン・ザ・プラネット』/シャンテ シネ

【2】『ポンヌフの恋人』/シネマライズ

【3】『アトランティス』/有楽町スバル座

【4】『デリカテッセン』/シネスイッチ銀座

【5】『髪結いの亭主』/Bunkamuraル・シネマ

【6】『仕立て屋の恋』/シネマスクエアとうきゅう

【7】『トト・ザ・ヒーロー』/シャンテ シネ

【8】『ジャック・ドゥミの少年期』/岩波ホール

【9】『ハワーズ・エンド』/シネスイッチ銀座

 

 1980年代のフランス映画界は新しい才能が台頭した時代で、ジャン=ジャック・ベネックス監督の『ベティ・ブルー』(87年日本公開)やリュック・ベッソン監督の『グラン・ブルー』(88)などが日本でもセンセーショナルなヒット現象を起こしましたが、レオス・カラックス監督は、自分の分身的存在を主人公にした「アレックス三部作」の最終章『ポンヌフの恋人』のヒットにより、ミニシアター系監督として神格化されるようになりました。『ポンヌフの恋人』でジュリエット・ビノシュが魂を削るような演技を見せる花火のシーンや、『汚れた血』でドニ・ラヴァンがデヴィッド・ボウイの「モダン・ラヴ」に合わせて疾走するシーンに、当時、それまでにない衝撃を受けた私自身も、レオス・カラックスは特別な存在の監督でした。ここ数年、1989年生まれのカナダ出身グザヴィエ・ドラン監督が、日本でも若い世代を中心に人気です。メディアではレオス・カラックスの再来と表現されることがあり、確かに独自の監督スタイルを追い続けたくなる魅力が重なりますので、グザヴィエ・ドラン人気が、若い世代にとって初めてレオス・カラックス監督作品を知るきっかけになってほしいです。

 『髪結いの亭主』は、日本で最初に公開されたパトリス・ルコント監督作品。2か月遅れで前作『仕立て屋の恋』も公開され、男女の愛をゆるやかな時間の中で悲哀たっぷりに描く大人の語り口が多くのミニシアター系映画ファンを魅了しました。『デリカテッセン』は、ジャン=ピエール・ジュネ監督の長編デビュー作。ジュネが10年後に世に放った監督作『アメリ』は、日本でも大旋風を巻き起こすことになります。

 このようにこの年は、多くのフランス映画がヒットした年でした。翌1993年、パシフィコ横浜メインホールを会場に第1回フランス映画祭横浜が開催されます。

 そんな1992年にミニシアターで最もヒットした『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、シム・ジャームッシュ監督によるオムニバス映画。ポスターのビジュアルは、ロサンゼルス編に登場する咥え煙草で蓮っ葉な女性タクシー運転手のアップ写真で、ウィノナ・ライダーの、前年に公開された『シザーハンズ』のヒロインとは全く違う雰囲気がとても新鮮でした。映画のヒットの要因のひとつは、このビジュアルのインパクトだったのではと思います。ティム・バートン監督作品『ビートルジュース』で注目され、ジェネレーションX世代を描いた『リアリティ・バイツ』、若くしてプロデュース業に着手した『17歳のカルテ』などを代表作に持つ彼女は、90年代ミニシアター系映画のアイコン的女優でした。

連載②ミニシアター系映画史1991年

1991年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『シラノ・ド・ベルジュラック』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『みんな元気』/シネスイッチ銀座

【3】『安心して老いるために』/岩波ホール

【4】『英国式庭園殺人事件』/シャンテ シネ

【5】『コルチャック先生』/岩波ホール

【6】『達磨はなぜ東へいったのか』/岩波ホール

【7】『エンジェル・アット・マイ・テーブル』/シャンテ シネ

【8】『ニュー・シネマ・パラダイス完全版』/シネスイッチ銀座

【9】『プロヴァンス物語 マルセルの夏』/Bunkamuraル・シネマ

 

 最近、映画を薦め合う仲間うちで話題の『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』について、「これって、新しいタイプの「シラノ・ド・ベルジュラック」だよね」という会話をしていたばかりでしたので、今回の単館公開作品興収ベストテンを振り返る企画を1991年から始めたことに、嬉しい偶然を感じています。

 演劇やミュージカルの映画化は、有名な戯曲に触れるきっかけになり、観ることで知的好奇心が満たされます。『シラノ・ド・ベルジュラック』をヒットさせた映画館ル・シネマは、日本で最初の複合文化施設であるBunkamuraという立地を活かしたラインナップが特徴で、1989年のグランドオープニング作品は、アーティストの人生を描く映画の魅力を教えてくれた『カミーユ・クローデル』。芸術に宿る激しい愛が強烈に胸に突き刺さり、この1本で、自分にとってのこの映画館の位置づけが決まりました。

 『エンジェル・アット・マイ・テーブル』は、ニュージーランド出身の女性監督ジェーン・カンピオンの出世作。この3年後に『ピアノ・レッスン』の成功でハリウッドでも地位を確立することになります。カンピオンを初めて日本に紹介したフランス映画社は、1986年にジム・ジャームッシュ監督作品『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を、1989年にヴィム・ヴェンダース監督作品『ベルリン、天使の詩』を配給、作家性の強い監督たちを日本に紹介し当時のミニシアターブームの一翼を担いました。

 『ニュー・シネマ・パラダイス完全版』が公開されたことは、鮮明に覚えています。完全版やディレクターズカット版が公開される先駆けだったのではないでしょうか?人生におけるかけがえのない日々を愛おしむノスタルジックな初公開版に比べ、この完全版は、人生の選択の結果手放してしまったものに気づく切なさが漂い、ひとつの映画の表と裏として存在しているように感じました。初公開版は、1989年シネスイッチ銀座で動員数約27万人、売上3億6900万円という興行成績を収めましたが、これは、単一映画館における興行成績として、2020年現在においても未だ破られていない記録です。

 この年、日本初の衛星放送チャンネル=WOWOWが放送開始し、『ワイルド・アット・ハート』でカンヌ国際映画祭パルムドールを獲ったばかりの映画監督デイヴィッド・リンチによる海外ドラマ「ツイン・ピークス」が、開局の目玉としてスタート。“カルト”“作家性”という言葉が普及しました。