オマールの壁

壁によって分断された街、パレスチナ自治区で生きる若者たちの無情な現実。

オマールは、壁をよじ登って向こう側に住む恋人のもとに通っていたが、こんな毎日を変えようと仲間と共に立ち上がる。しかし、イスラエル兵殺害容疑で1人だけ捕えられ、秘密警察から執拗な拷問を受け、囚人として一生を終えるか、仲間を裏切りスパイになるかという選択を迫られる・・・。

8年前に観た時の、ずしんと全身に響いた感覚が蘇りました。ラストシーンの衝撃、そのあとの無音のエンドロール。仲間を信頼できなくなってしまった不幸、愛し合っているのに結ばれなかった二人、彼らが手に入れることができなかった未来について、ずっと考えて続けました。

映画の冒頭、オマールは、愛する恋人に会いたい一心で高さ8メートルのコンクリート壁を力強くよじ登り向こう側に行きますが、終盤、すべてを失ったオマールは、壁をよじ登ることが出来なくなってしまいます。そのシーンの彼の姿の痛々しさが頭から離れません。

スタッフは全てパレスチナ人、撮影も全てパレスチナで行われ、100%パレスチナの資本によって製作されたパレスチナ映画。ハニ・アブ・アサド監督は、「映画は政府の道具ではない。映画は私にとっての抵抗の手段だ」と語っています。アップリンク吉祥寺でリバイバル上映中です。

(2013年/パレスチナ/製作・監督・脚本:ハニ・アブ・アサド)

ヒューマン・ポジション

青くて、物悲しいノルウェーの長い夏。主人公のアスタは、今日も日常のルーティンを静かにこなしながら過ごしている。一緒に暮らしているのは、彼女にいつも優しいガールフレンドのライヴ。そして、小さな黒猫。彼女は、なにげない日常や社会とのつながりから心の居場所を見いだしていく…。

ここ数年ノルウェー映画が面白いと思っていて、一昨年観て好きだった、ヒロインが魅力的な『私は最悪。』もノルウェー映画。

『私は最悪。』のユリヤは、人生におけるいくつもの選択に悩み、もがき、走り回ります。そして、完璧さを追い求めようとせず、今の自分を受け入れようというメッセージを、彼女を通して受け取る映画でした。そんなユリヤが「動」の魅力の持ち主だとしたら、『ヒューマン・ポジション』のアスタは「静」の魅力の持ち主。時折、目線の先の見慣れたはずの物事をじっと見つめるアスタの姿が印象的で、自分の気持ちが向く先を信じよう、それが自分らしくいるために大切なこと、と語りかけてくるように感じました。

シンプルにまとまった部屋での日常を、独特の構図で長回しにより映し出される画は、ひとコマひとコマがアートフォトのように美しい映画ですが、アスタの存在感がずっと残り続けたことが、この映画の一番好きなところでした。

(2021年/ノルウェー/製作・監督・脚本・編集:アンダース・エンブレム)

動物界

身体が動物化していく奇病が発生。患者は“新生物”として分類され施設に隔離されていたが、事故が起こり彼らは野に放たれる。フランソワは、16歳の息子エミールを連れて野にいるはずの妻を探し続けるが、やがて、エミールの身体に変化が出始めていく…。

荒唐無稽な設定。人がさまざまな動物に変異するさまは気味悪くもある。それなのに、漂う美しさ、神々しさ、ぬくもりは何だろう。

エミール役のポール・キルシェが凄い!奇抜な映画が傑作になる要素として俳優の力は大きいと、改めて思います。例えば、『哀れなるものたち』で、肉体は大人なのに頭脳は赤ん坊という主人公ベラを演じて凄かったエマ・ストーンにあたるのが、『動物界』では、この、ポ―ル・キルシェ。だんだん動物に変異していく様子を身体の動きと表情の微妙な変化で表現します。

映画は、父と息子のドライブシーンから始まり、ドライブシーンで終わります。その時のふたりの会話が印象に残りました。最初のシーンで父が息子に言う「不従順こそが一番の勇気だ」というセリフは、この映画を最後まで引っ張り続けるテーマそのもの。そして、最後に父が息子にかける言葉!泣かされました。父子の愛を描いた映画です。

(2023年/フランス・ベルギー/監督:トマ・カイエ)

ロボット・ドリームズ

ハンカチ必携とは聞いていましたが、私は、映画が始まって15分後にはもう泣いていました。

大切な人と出会えた喜び。ふたりを隔てる障害への憤り。会いたい気持ちがつのる切なさ。でも、思い出があればいつでも楽しくなれる。

そんな感情のすべてが込められた傑作。そして、心の奥の記憶の引き出しをそっと開けるような、愛おしいラブストーリーです。

この映画にはセリフが全くありません。でも、大切なメッセージは全部絵の中にあります。

犬の表情からは、大好きな人と今この瞬間に一緒にいることの嬉しさが、ロボットの目の動きや口の形からは、大好きな人を想い続けていられるなら全然孤独なんかじゃないよといういじらしさが、もう、わかりすぎて切ないくらいにわかります。

この映画には、さまざなな形の幸せがありました。その幸せをくれた人に、ボクは幸せだよという気持ちがちゃんと伝わっている優しい映画でした。

想いが通じ合うのに言葉は必要ありませんでした。

(2023年/スペイン・フランス/製作・監督・脚本:パブロ・ベルヘル)

ゴンドラ

ジョージアの山間部をつなぐ2台の古いゴンドラ。乗務員はふたりの女性イヴァとニノ。85分、セリフなしで描かれる、ゴンドラをめぐる物語です。

オレンジと朱色、小さな横長楕円形のゴンドラのレトロな形状と、本編内で何度も衣替えをする可愛らしさに心を鷲掴みにされます!ジョージアで最も長い距離をつなぐ、実在するゴンドラで、数年前に新しい車体に変わってしまったそう。本編に姿を残した2台は、長い間、多くの人々に愛されてきたのでしょう。

カメラの目線が面白い映画です。時にゴンドラから村の人々を見下ろしたり、時に人々が見上げてゴンドラを見送ったり。2台がすれ違う時のカメラワークもいちいち面白くて、次にすれ違うのが楽しみになってきます。

大きな出来事が起こるわけでもなく普段通りの日常が描かれるだけ。それなのに、観終わったあとに残るのは、人は誰でも主役になる時があるし、誰もが誰かを見守るべき時があるという、人生にまつわる話。そして、すれ違うゴンドラでイヴァとニノが交わす奇想天外なやりとりに、人を喜ばせようという気持ちって最強!って思いました。

(2023年/ドイツ・ジョージア/監督:ファイト・フェルマー)

シビル・ウォー アメリカ最後の日

テキサス州とカリフォルニア州の同盟勢力と政府軍の間での米内戦が勃発。激しい武力衝突が起きる中、4人のジャーナリストたちが大統領にインタビューするため戦場となったホワイトハウスへと向かいます。

あー、やっぱり!というのが観終わった直後の感想。

アレックス・ガーランドの作品は幕切れが唐突、突然ブツッと映画が終わるという印象があります。その後について想像することをシャットアウトされる。だから余計頭から離れなくなる。本作もまさにそんな映画でした。

頭から離れなくなるような題材の映画を毎回観せてくれる映画作家なのです。『ザ・ビーチ』(原作)はディストピアもの、『28日後…』(脚本)はゾンビものとして強く印象に残ったし、クローン人間が主人公のカズオイシグロ小説の映画化『わたしを離さないで』(脚本)を経ての監督デビュー作『エクス・マキナ』は、人間とAIの主従関係を美しくスリリングに描いた大好きな映画。『アナイアレイション_-全滅領域-』も後を引きました。

本作は、現実と創造の境界を見失う恐ろしさを絶えず感じながら観ましたが、後から一番思い出すのは、ジャーナリストとしての価値観を見失ったリーと、何かが乗り移ったように高揚してシャッターを押し続けるジェシーの表情。ベテランと新米、彼女たちが象徴するものは何かをずっと考えさせられました。感情が崩壊するふたりを演じたキルスティン・ダンストとケイリー・スピーニーが素晴らしかったです!

(2024年/アメリカ・イギリス/監督:アレックス・ガーランド)

侍タイムスリッパ―

幕末の侍が現代の時代劇の撮影所にタイムスリップし、斬られ役俳優として生きていく『侍タイムスリッパ―』。

タイムスリップした侍は、すぐに状況を受け入れます。その都合良さすら愛おしい!自分が居るはずのない時代に迷い込んでしまったけれど、自分の存在を残せる仕事に出会い第二の人生に奮闘する主人公のカッコよさ!そしてそれが実際の斬られ役俳優や殺陣師のカッコよさに通じ、“侍魂”を後世に伝える時代劇の作り手たちへのリスペクトが詰まった映画になっていることに感動!

ものごとには終わりが来る。でも、それが今日じゃないのであれば、今は決着をつけなくてもいい、今を大事に生きればいい…タイムスリップものの真髄は、今という時間の価値に気づくことだなぁとしみじみと思いました。

時代劇を撮り始めたけれど資金難で諦めかけた監督に、脚本が面白いから何とかしてやりたいと救いの手を差し伸べたのが東映京都撮影所。10名たらずの自主映画のロケ隊が時代劇の本家、東映京都で撮影を敢行するという前代未聞の完成を遂げたという本作。東映京都で最初のカチンコが鳴った瞬間の監督たちの気持ちを考えると、胸がアツくなります。

(2023年/日本/監督:安田淳一)

花嫁はどこへ?

2001年、とあるインドの村。花婿の勘違いで取り違えられた2人の花嫁。置いて行かれた花嫁は途方に暮れ、連れてこられた花嫁はなぜか帰ろうとしない。花婿は迷子の花嫁への愛しさを募らせ必死に捜し続ける。はたして運命のいたずらの結末は?

監督のキラン・ラオは『モンスーン・ウェディング』がキャリアのスタート、『きっと、うまくいく』の主演で一躍有名になったアーミル・カーンがプロデュース、撮影監督は『ザ・ホワイトタイガー』のヴィーカス・ノゥラカー・・・大好きなインド映画名がたくさん出てくる前情報の時点で、絶対観ると決めていた1本。

そして、高まった期待以上!とても素敵な映画でした。伝統や世間体に縛られながらも、自分で自分の人生を切り開こうとするインド映画のヒロインたちって、なんて魅力的なんだろう!!

この映画は、タイプの違うふたりの女性が同時に見知らぬ場所に放り出されるという設定が、感動の展開につながるところが大きな特徴。

そして、愉快なキャラクターが多数登場するところも!特に、屋台のマンジュおばさんと、しゃくれ顎のマノハル警部補に関しては、観た人なら誰もが語らずにはいられなくなるようなユニークで、最後に泣かせる愛すべき脇役です

(2023年/インド/監督:キラン・ラオ)

リトル・ダンサー デジタルリマスター版

イギリス北部の炭坑町に生まれたビリー・エリオット。ストで荒れ果て、誰もが気力を消耗し、希望を持てない時代の中で、ビリーはバレエに夢中になります。

でも、もしビリーに「将来の夢は?」と聞いても、「プロのバレエダンサーです」と答えたりはしなかったはず。彼は、ただひたすら踊りたかった。踊っている時は躍ることだけに夢中になれるから。これが自分だって思えるから。

ビリーの踊りは、どんな型にもはまらない、内なる感情の自己表現です。難しいターンができるようになった嬉しさで、町中を軽やかに飛び跳ねるシーン。父への反発から足が勝手に動き出し、これが僕なんだと踊り出すシーン。オーディションで主役を得た当時13歳のジェイミー・ベルの、力強いダンスシーンには息を飲むほど圧倒されます。

ビリーの才能を見出すバレエの先生。生活が苦しい中でもビリーのためならと動き出す町の住人たち。そして、ビリーの将来のために必死になる家族。ビリーはみんなの希望になって、踊り続けるのです。映画のラストは、トップ・ダンサーのアダム・クーパーが25歳のビリー役で登場し、「バレエ表現の可能性に挑戦し続ける想いを一瞬に込めてほしい」という監督からのリクエストに見事に応えました。バレエって何て凄いんだろう。表現するってなんて自由なんだろう。

何度も観返していますが、23年ぶりに映画館で観れたことが本当に嬉しい、不朽の映画です。

(2000年/イギリス/監督:スティーヴン・ダルドリー)

ナミビアの砂漠

カナ:21歳。職業:脱毛サロンスタッフ。趣味:特にナシ。将来の夢:特にナシ。彼氏:とりあえずいる。いつも一緒:タバコとケータイ。

カナの生態を観続ける137分間の映画です。

気だるそうに見えて、実は周囲にエネルギーを発している。彼氏をいいように利用するように見えて彼氏に依存している。…なんていう分析が無意味と感じるくらい、ただただカナを観続けることが面白くて面白くて!

生命力全開で街を疾走する無敵さ。ちょっとのつまずきで気持ちが全く立ち行かなくなる弱々しさ。感情の振れ幅が大きい彼女を理解するのは難しい。でも「どうせ百年後は骸骨なんだからどうでもいい」なんていう生き方はしたくないと悩む姿には共感したくなる。

カナは、ナミビア砂漠の水飲み場に設置されているライブカメラの映像を時々見ています。水を飲む動物たちが何を思っているかなんてわからない。なぜカナが時々見たくなるのかもわからない。

そんな“わからない“ことが、不安ではなく、わからなくていいんだと安心になる。なかなか持つことのない感情を持ち帰れた映画です。

河合優実がまだ俳優になる前の高校3年生、山中瑶子監督が21歳の時に、監督第一作の上映館で会い、「俳優になるのでいつかキャスティングの候補に入れてください」という手紙を監督が手渡しされたことがあったそうです。その願いが果たされた映画が本作。そんなことを知ったら観ずにはいられない1本でした!

(2024年/日本/監督:山中瑶子)