ぼくのお日さま

北国の田舎街に暮らす少し吃音のある少年。男の子は皆アイスホッケーを習う。でも、少年はアイスホッケーが苦手。ある日、フィギュアスケートの練習をする少女に一目ぼれをし、そして、選手の夢を諦めて東京からやってきたスケートのコーチ、荒川と出会う・・・。

何かに夢中になり、できることがひとつひとつ増えていく喜びを経験し、思うようにならない現実も知る。子供たちの一瞬一瞬を丁寧に捉えて、甘いけれど痛みも残る映画です。言いたいこと、言えないこと、言ってしまったこと。相手のことを大切に思っているのであれば、大丈夫、相手にはちゃんと気持ちが伝わるよ、時間がちょっとかかるかもしれないけれど、と、観ながら何度も言いたくなりました。

そして、大人たちも含めて全員、誰もが必ず誰かの“お日さま”だったことがとても素敵でした。恋は人生の原動力です。

子供たちが皆良かった。特に、越山敬達くん演じる少年の表情!ラストシーンは今年のベスト級です。

(2023年/日本/監督:奥山大史)

ラストマイル

世界規模のショッピングサイトから配達された段ボール箱が爆発する事件発生。真相解明の怒涛の4日間が描かれる、“物流”を題材にしたクライム・サスペンスです。

生活の便利さの裏側を見せられ、事件の核心に迫れば迫るほど、日本の現代社会の“ゆがみ”を突き付けられます。企業の組織体制、社会的格差、そして「2024年問題」。この映画そのものが“自分ごと”になっていく瞬間は、社会派ものとして、外国映画では味わえない緊張感がありました。

ラストマイルとは、お客様に荷物を届ける物流の最後の区間を表すもの。本作の主人公は満島ひかり演じるショッピングサイトの関東センター長ですが、この映画タイトルを担うドライバー親子が裏の主役。ふたりの人情ものとしてグッと心を掴まれました。

「アンナチュラル」「MIU404」とヒットドラマを生み出した塚原あゆ子監督×野木亜紀子脚本×新井順子プロデューサーが、映画で初タッグ。ドラマ2本のメインキャストも事件解決に尽力するかたちで登場します。ヘビーな題材を扱う3人のチャレンジ精神と信念が凄いです。今後も題材へのこだわりを貫いてほしい!痛みと救いを見せてほしいです!

(2024年/日本/監督:塚原あゆ子)

至福のレストラン / 三ツ星トロワグロ

朝市での活気ある会話とさまざまな野菜調達、メニュー会議ではシェフが本日初提供するアーモンドソースのレシピ説明・・・冒頭数分で五感のすべてがワクワクと騒ぎだしました。フランスの三ツ星フレンチレストラン「トロワグロ」の、料理と、料理人たちのドキュメンタリーです。

素材、ソース、下準備、盛りつけ。映し出される料理の過程のすべて。でも、テーブルに置かれるまでで終わり。客が食べているシーンは殆どなく会話を聞く程度。料理が主役という見せ方のこだわりを感じます。

そして、料理人たちのプロフェッショナルな仕事ぶりのカッコ良さ!!インタビュー記事で監督は「厨房で彼らはダンスを踊るかのように動いていた」と表現しています。もう、惚れ惚れ!!

中盤のクライマックスは、ある驚きの食材が驚きのトラブルで使えなくなりそうになり、本日のメインメニュー完成危うしという場面。料理はサスペンスです。また、料理は自然と関わっていくもの。料理は伝統を受け継ぐもの。だから、料理を追及すると現代のさまざまな問題も見えてきます。

上映時間4時間!無駄なものが一切ない豊かな映画を完食した満足感に浸りました。しそが“素晴らしいジャパニーズ・ハーブ”と称され、大活躍するのが嬉しかったです。

(2023年/アメリカ/製作・監督・編集:フレデリック・ワイズマン)

フォールガイ

ブラピのスタントダブルなど20年スタントマンとして活躍後『ジョン・ウィック』で監督デビュー、『ワイスピ』シリーズなどを手掛けたデヴィッド・リーチが、スタントマンが主役のアクション映画を監督。だから、スタントシーンも、スタント業界の精神も、スタントマンたちへの称賛も全て“本物”です!

パンフレット掲載の日本人スタントマン浅谷康さん(本作に参加)のインタビューを読んで本作の魅力を再発見。例えば、シナリオに書かれたシーン番号を使わず、立ち回りを覚えやすいように映画名で呼び合うのはスタントあるある……本作も、“ポリス・ストーリー”“ダイ・ハード”“ジェイソン・ボーン”など映画名が飛び交うのが面白いんです。また、脚本に“回転数の世界記録を塗り替える”という設定が書かれていたキャノンロール(車やバイクを横転させるスタント。回転を起こすためにキャノン砲を使用)のシーンでは、実際の撮影で8.5回転しギネス記録を大きく更新したとのこと。カッコいい!

映画スター失踪事件が絡むサスペンス要素や、ユーモアも満載。私は、ライアン・ゴズリング演じるコルトとエミリー・ブラント演じるジョディ、ふたりの主演が魅せてくれるロマンスが好きでした。ジョディの念願の監督デビュー作の製作続行が危ぶまれた時の、コルトのセリフ「君は特別なものを持っている。だから、世界中の未来のジョディのためにも映画を完成させなきゃいけないんだ」が素敵。今、映画制作に情熱を注いでいる若者たち全員に届いてほしい名セリフです。

(2024年/アメリカ/監督:デヴィッド・リーチ)

ある一生

20世紀初頭、アルプスの人里離れた農場に引き取られた孤児のエッガー。暴力と貧困に耐えた幼少期。農場を出て渓谷に住処を持った青年期。最愛の人と出会い、戦争ではソ連軍の捕虜になり、近代化の波を見つめる晩年期。

いくつもの試練に誠実に向き合い、選んできた道を黙々と踏みしめながら生き抜いた男の、80年にわたる一生が描かれます。

原作小説も読んでみたいと思っています。でも、こんなに激しい感動は、間違いなく映画ならではのもの!

幼いエッガーが馬車に乗っている姿をずっと後ろから映し続ける印象的なオープニング。その後も度々登場する彼の歩く後ろ姿のシーンで、彼が背負うものと彼が働き続けていることを背中に象徴させ、時代ごとに演じ分ける3人の俳優(全員が素晴らしい!)の入れ替わりにも背中のシーンを使うという表現は、映画でしか味わえません。

そして、背景ではなく主役のひとつとして全編に存在し続けるアルプスの山と谷。どうやって撮影したのだろうと驚くほどの美しさと残酷さに鳥肌が立ちました。

映画が見せてくれた彼の一生が、脳裏に焼き付いて離れません。

(2023年/ドイツ=オーストリア/監督:ハンス・シュタインビッヒラー)

幻の光

是枝裕和監督の長編デビュー作であり、1995年12月9日から14年間存在した渋谷のミニシアターのオープニング作品。今年1月に能登半島で起きた地震で大きな被害を受けた本作の舞台でもある石川県輪島市への、支援を目的としたデジタルリマスター版劇場公開です。

記憶には、時と共に場所や風景が刻まれます。その時自分がいた場所や、背景に広がっていた風景は、記憶を永遠に忘れさせてくれない残酷さがありながら、今、自分が生きていることを実感させてもくれる。映画を観ながらそう強く思いました。そして、ラスト近くの印象的なセリフが観終わったあともずっと残り、幻の光とは何なのか、29年ぶりの鑑賞で私なりに理解できた気がしました。

ひとりの女性のささやかな幸せに包まれた日常が突然失われ、やがて形を変えた日常が生まれるという物語のなかで、子供たちが新たな家族の形に馴染んでいく様が映画の持つエネルギーに繋がっているところに、是枝監督作品の真髄を見出しました。

(1995年製作/日本/監督:是枝裕和)

時々、私は考える

『スター・ウォーズ』シリーズでレイを演じたデイジー・リドリー主演&プロデュース。人付き合いが苦手な主人公フランの人生が、ある出会いによって変わっていく過程を描きます。

自分の世界に閉じこもるフランには、共感するところがなかなか見つかりません。「これは本当に望んでいた自分?」と悩むヒロインなら、2年前に公開した映画『わたしは最悪。』の、もがき、選択を繰り返し、行動せずにはいられないユリアには、終始共感しっぱなしでした。

でも、フランの恋には夢中に!相手のロバートが素敵なんです。フランの個性を愛しみ、彼女と自分の考え方感じ方が違った場合でも、同じ場合でも、どちらも受け入れ楽しみます。ロバートの存在で、思いを寄せる人との距離が近づく嬉しさと戸惑い、変化する喜びを思い出させてくれる映画になりました。

時々、フランは死について考えます。生きていることを考えるために。

幻想的な映像で見せる死の心象風景と、ありふれた日常の景色とのコントラストが面白かったです。(2023年製作/アメリカ/監督:レイチェル・ランバート)

ロイヤルホテル

観終わった後の気持ちを上手く表現できません。どよん?ざわざわ?

旅先のさびれたパブで住み込みで働くことになった親友2人が経験する、客たちからの女性差別。エスカレートして結末へとなだれ込みます。長編デビュー作『アシスタント』で若い女性アシスタントの会社での1日を赤裸々に描いた キティ・グリーン監督は、今回も男性社会における女性の立場をあぶり出しました。

両作に共通するのは、生々しさ。ドキュメンタリー監督出身の彼女は、前作では主人公と同じ経験を持つ多くの女性社員たちを取材。今回は田舎のパブでよく過ごしている男性との共同脚本というスタイルを取ったそうです。

『ロイヤルホテル』に関していえば、女2人の男性社会からの解放のロードムービーとして『テルマ&ルイーズ』を思い出しましたが、本作には、ハーヴェイ・カイテル演じる刑事のような2人を理解しようとする男性は一切登場しません。ブラッド・ピットがクズ男を演じればたちまち愛すべき青年になりますが、本作のクズ男は、ただのクズ男。本作に生々しさが漂う理由が理解できます。

観た後の気持ちを上手く表現できませんが、観た人と無性に語りあいたくなる映画です。

(2023年製作/オーストラリア/監督・共同脚本:キティ・グリーン)

クレオの夏休み

なんて温かい映画だろう!クレオが、ナニー(乳母)のグロリアに抱きしめられている時に感じていたはずの大好きな人のぬくもり。その温かさが私の身体にも伝わってくるようでした。忘れられない83分の映画体験です。

グロリアは、家族を養うためにフランスに渡った経済移民。故郷に戻った彼女のもとを訪ねたクレオは、グロリアの娘に子供が生まれたり、出稼ぎの母との距離を埋められず反抗する息子を知ったりするうちに、彼女の苦しみに胸を痛めたり、寄り添いたいという気持ちを持ったりします。それは、実親との関係とは違う思いやりの感情。6歳のクレオの、成長の夏休み。

クレオと同じくらいの歳の頃、家族ぐるみで仲良かった幼馴染みのお母様がこっそり泣いているのを見たことがあります。その時の自分なりに、泣いている理由がわかり、理由がわかったことを知ってほしくて、その場にずっと居続けたという記憶が鮮明に蘇りました。その方に、その時のことを話したくて仕方なくなってきました。

(2023年製作/フランス/監督・脚本:マリー・アマシュケリ)

ルックバック

3年前に原作を読んだ時の衝撃は忘れられません。「もしも、こうだったら」というあり得たかもしれない世界を描くことによって、夢なかばで未来を奪われてしまった人々の魂を救った凄い漫画!ちょうど同じ頃に映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を観たということもあって、映画や漫画や小説といった創作物が持つ、現実とは違う別の人生を誰に対しても与えることのできる力に圧倒されました。

そして3年ぶりに再び『ルックバック』。今回の劇場アニメには、作品の持つ力以上に、藤野と京本の存在感に圧倒されました。ふたりの、絵が上手くなりたいと努力する姿!そして相手の存在が自分を奮い立たせるという関係性!原作者 藤本タツキさんの創作物に多くのスタッフや声のキャストたちがさらに生命力を注ぎ込んだことで受け取ることのできた感動でした。

私も好きなことのためにもっと努力したい、好きなことがもっと上手くなりたい、という気持ちを持たせてくれた凄い映画です。

(2024年製作/日本映画/原作:藤本タツキ/監督:押山清高)