『雄獅少年/ライオン少年』

『雄獅少年/ライオン少年』、今年の映画マイベストテンに選出確定です。

格差社会の底辺でもがく少年の成長を獅子舞バトルを通して描くCGアニメ。夢中になれるものとの出会い、恩師の存在、友情、淡い恋愛、家族愛。心に突き刺さる素晴らしい成長譚です。主人公の少年のひたむきさには、何度も胸が熱くなりました。

今年は『BLUE GIANT』や『THE FIRST SLAM DUNK』など、アニメーション映画に興奮する年のようです。この映画もそれらの映画同様アニメならではの表現で現実を描写したり、音や熱気まで視覚化したりするところに興奮します。クライマックスの獅子舞バトル競技会の、観客もライバルチームもすべてがひとつになり奇跡が起きる瞬間のシーンの美しさ!一方で、半分破れた獅子の面から覗くむき出しの左目で少年の覚悟を見せたり、凛とした後ろ姿で成長を見せるなど、動ではなく静の表現力の強さにシビれました。

『君は行く先を知らない』『熊は、いない』

『熊は、いない』と『君は行く先を知らない』。2本のイラン映画を続けて観ました。

2010年に“イラン国家の安全を脅かした罪”で政府から20年間映画制作を禁じられながら、今も撮り続けているジャファル・パナヒ監督の新作『熊は、いない』。とある村に滞在する映画監督が偶然ある一瞬をカメラに収めたことで、村がざわつき始める・・・監督役をパナヒ自身が演じイランが抱える問題をあぶり出す、ドキュメンタリーのようでドラマティックなサスペンス。不屈の映画監督の熟練の技を感じます。映画名が巧妙で、観終わったあと、熊とは何かについてずっと考えさせられます。

パナヒ監督の長男パナー・パナヒの初監督作品『君は行く先を知らない』は、トルコとの国境を目指す家族4人と犬の車の旅。やがて家族の何気ない会話から旅の目的が見えてきます。この映画に凝った手法はなく、ストレートに彼らの状況が胸に突き刺さります。ただ一心にずっと彼らを見つめ、旅の終わりが不安になり続けました。終盤の、父と息子が星空を眺めるシーンの美しさが印象的です。

『グランツーリスモ』

レーシングシミュレーションゲームのチャンピオンは、本物のプロレーサーになれるのか?その問いに10代天才ゲームプレイヤーが答えを出すという実話ベースの映画。予測不能な命懸けの勝負に挑むレーサーたちの生身の格闘と、確実に勝ちが予測できるまで磨き上げるプレイヤーたちのスキルとセンス、どちらも優劣なく凄いという描かれ方が気持ちいい後味に繋がります。

監督は南アフリカヨハネスブルク出身のニール・ブロムカンプ。監督デビュー作『第9地区』の逃げ場のない隔離地帯の息苦しさは強烈でしたが、本作のレースシーンの没入感も、一体どうやって撮影しているのだろうと驚きの連続です。一方、他者を認め合うことの難しさもリアルに描かれていて、ゲームプレイヤーを見下すレーサーは最後まで態度が変わりません。この監督の作品は、一貫して他者との共存は果たして本当に可能なのかと皮肉めいて問いかけてくるように思います。

主人公を演じるアーチー・マデクウィがいい!勝負の世界には、それまでの空気が一瞬で変わるような追い風が吹く瞬間がありますが、この映画で“その瞬間”が来た時の、彼の表情がそれまでとは違ってぐっと凄みを増したシーンが目に焼き付きました。

『まなみ100%』

まなみのことが100%だったボクの、高校1年から10年間を綴った青春映画。高校時代、大学時代、現在までの10年間で多くの出会いと別れを経験しても、まなみに対する「好き」は変わらない。ボクにほぼ100%監督自身を投影した実話だそうです。

見返りは求めない、いてくれるだけで生きててよかったと思える、幸せのすべて。そんなアイドル論を思い出しました。そしてボクにとってまなみは、アイドル的存在では決してなかったと確信。なぜなら、まなみと想い出を作るたびに、ボクはまなみへの気持ちに戸惑ったり困ったり、まなみから言われた言葉でうじうじしたりするからです。

「きれいのくに」の青木柚と『アルプススタンドのはしの方』の中村守里が主演。これは観たい!池袋HUMAXシネマズでの舞台挨拶付先行上映に行ってきました。監督の話から、実はとても重要な展開が実話とは違っていたことを知りびっくり。

エンドロールに流れる大槻 美奈「道標」。「心躍る人に出会う時 私が私になってゆく あなたはいつまでもみちしるべ」…いい歌詞です!

9月29日から劇場公開です。

『エリザベート1878』

先日、女優のヘレン・ミレンがエリザベス2世の「14番目のいとこ」だったことが家系調査で判明したというニュースを知り、映画『クィーン』のヘレン・ミレン=エリザベス2世を久々に観たくなりました。ケイト・ブランシェットの『エリザベス』、ジュディ・デンチの『Queen Victoria 至上の恋』など、歴史上の女王や皇妃を知るきっかけになった映画がいくつもあります。

本作では、オーストリア皇妃の、生涯における“1878年の1年間“が描かれます。原題は仏語でコルセットの意の『Corsage』。欧州宮廷一と言われた美貌と、身長172cm・ウエスト51cm・体重45kgという驚異の体形の持ち主の彼女が、コルセットでウエストを更に5cmも締め上げるシーンが何度も登場し印象を残します。

派手な恋愛体質で、厳格さに抗い自由奔放で周囲を翻弄するトンがった生き方の彼女ですが、40歳になった1878年を人生を達観し始めた年として描かれ、美貌と痩身の維持も美に執着した若き日とは変わり「皆が私に持っているパブリックイメージを守ってあげようじゃないの」と周囲を嘲笑いながら楽しんでいるのが面白い!夫、愛人、女中、子供たちとの関係も濃密で複雑ながら可笑しみも含んで描かれ、1878年=145年前という時代を感じさせない、エリザベートという独創的な女性像にどんどん興味が湧いた2時間でした。

『あしたの少女』

ペ・ドゥナを見るのが楽しみでした。『ほえる犬は噛まない』での圧倒的な存在感に一瞬で虜に!山下敦弘監督が惚れ込んで起用したという『リンダ リンダ リンダ』や、アクションやコメディセンスもあることを証明した『グエムル 漢江の怪物』でもそうでしたが、いつも眉間にシワを寄せて苛立っているような困っているような顔が印象的、正義感の強い役を凛々しく愛らしく、控えめだけど情熱的に演じる女優です。

本作は、2017年に韓国で起きた事件の映画化。実習先の企業の過酷な労働条件の犠牲になった女子高生の実話で、観てて、とてもつらくて苦しくなります。

それでも、実際の事件を忠実に再現する前半と、実在のジャーナリストをモデルにした架空の女性刑事を登場させ、事件の本質に迫る後半の2部構成仕立てが素晴らしく、引き込まれます。そして、やはり何と言ってもペ・ドゥナ。あるシーンでの、大粒の涙を流す泣き顔が目に焼き付きました。彼女の演技を見れた嬉しさに浸りながら映画館を出ました。

『ジェーンとシャルロット』

娘シャルロット・ゲンズブールが母ジェーン・バーキンに「カメラを回すのは、あなたにずっと聞きたかったことを聞きやすくするための言い訳みたいなもの」と白状するところからこのドキュメンタリーは始まります。シャルロット初監督作。今年7月16日にこの世を去ったジェーン・バーキンの最後の作品でもあります。

母娘ともにフレンチカルチャーのアイコン。母はエルメスの定番バッグ「バーキン」の由来になった人。フォトジェニックなふたりの様々な表情・しぐさ・着こなしを堪能し、ふたりの人生の一片に触れるような贅沢を味わいます。特に興味深かったのは、シャルロットが父セルジュと暮らした家に母娘で訪れるシーン。40年の時を経ても当時のままという室内を埋め尽くす写真やアートや小物を一時停止して細部まで見たくなりました。

2013年にシャルロットの異父姉でジェーンの長女ケイトが自死。何年も苦しんだ母に対して、それまでも感じていた気まずさが大きくなることへの恐怖から、思い切って母と向き合う決心をしたことが本作を撮る動機だったとのことで、覚悟を持って母の本音を聞き出し自らも内心をさらけ出していることがわかり、それが本作の大きな魅力となっています。「私はあなたに気後れしていた。あなたに対しては間違ったことをしたくないと構える自分がいた」と言う母。「あなたのようになりたかった。あなたのことを知ると、いつもそこからもう一度新しく生き始めようと思った」と言う娘。凄い母娘関係です。自分たちは似ているところがある、それはふたりとも次女だからだったのね、という結論に行きつく会話も印象的でした。

『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』

原題は『QT8: The First Eight』。クエンティン・タランティーノ(QT)の8本の監督作  (=『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』『ジャッキー・ブラウン』『キル・ビル』『デス・プルーフ in グラインドハウス』『イングロリアス・バスターズ』『ジャンゴ 繋がれざる者』『ヘイトフル・エイト』)を、俳優&スタッフのインタビューを交えながらチャプター立てで解説、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公開を控えた2019年製作のドキュメンタリーです。

インタビューを受ける俳優やスタッフが登場するごとに、その人物が8本のうちのどの映画に関わっているかをアイコンを使って一目でわかるように表示されるのが楽しい!タランティーノ作品への最多出演はサミュエル・L・ジャクソンなんですね。

1992年製作のデビュー作で注目され、2作目でカンヌ最高賞を受賞。ハリウッドの成功者でありながら、ビデオショップで働いていた映画オタクというところに親しみを感じるタランティーノ。『レザボア・ドッグス』の黒スーツで闊歩するシーンに一瞬で虜になり、『パルプ・フィクション』は何度観たことか!『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には変わらないテイストの中に新境地を見出して興奮しました。本人の宣言通り、10作目で監督を引退するのかがとても気になります。

映画の中では、スタントウーマン兼女優ゾーイ・ベルのインタビューが、タランティーノの映画監督としての流儀を物語っていて印象的でした。

全作品を最初から1本1本また観たくなってます。

『バービー』

冒頭、人形遊びの歴史と、バービーの登場で起きた革命を解説するプロローグ的な数分間がとんでもなく面白く、バービーを演じるマーゴット・ロビーの初登場シーンがとんでもなく美しくて、この映画にあっという間に夢中になりました。

監督は『レディ・バード』(大好き!)のグレタ・ガーウィグ。『レディ・バード』では悩める17歳の主人公が人生の新たな一歩を踏み出しますが、本作も、全てが完璧な世界のバービーが、作り物ではないリアルな世界への一歩を踏み出します。そして、母と娘の複雑だけど愛おしい関係を見事に描いているのも両作の共通点。本作終盤の娘の背中を押す母の気持ちを語るセリフが心に響きました。

バービーの実写化がファンタジー映画として仕上がるだけでなく、例えば作り物の世界“バービーランド“に物悲しさが漂うところにこの映画の深さを感じます。グレタ・ガーウィグがピーター・ウィアー監督に電話し、彼が手掛けた『トゥルーマン・ショー』について質問したという話に納得です。

エンディングに流れるのは、ビリー・アイリッシュが書き下ろした新曲。あっという間に世界的スターになった自分とバービーを重ね合わせて「私は何のために存在しているの?」「いつかは幸せになれるはず。そのために生まれてきたのだから」と歌っています。

【イベントレポート】下高井戸シネマが愛される理由~支配人・木下陽香氏を迎えて~

8/10(木)、ANGELIKA第4回イベント<下高井戸シネマが愛される理由~支配人・木下陽香氏を迎えて>を開催しました。

まずは下高井戸シネマの変遷についてお話をお願いすると、この日、映画館から大変貴重な資料をご持参くださっていた木下支配人。同館に保存されている「上映スケジュール表」が1枚1枚ファイリングされた2冊の厚いファイルです。下高井戸シネマファン垂涎のコレクションに感嘆の声があがります。回覧させていただき、お一人お一人が見入りました。

支配人になられたのが2019年9月。その経緯や、コロナ禍を経て今に至るまでのご経験のお話は心に沁みます。

“支配人の日常の仕事“もお話しくださいました。音量、黒味、バリマスク…映画1本を上映するのにさまざまな項目を調整する作業は、すべて、映画を綺麗に観ていただきたいという思いから。そして、1番の大仕事がスケジュール作成。通な作品、メジャー作品、そして、同館に観にいらっしゃる方々が求めている作品…そのバランスのとり方へのこだわりがあってこそ、下高井戸シネマの唯一無二の上映スケジュールが作られるわけです。

ANGELIKAから木下支配人に、同館で上映された映画の中から2本、想い出深い映画を決めてそのエピソードをお聞かせくださいと事前にお願いしていました。それぞれとても素敵なエピソードをお話くださいました。現在、2本の映画のチラシを店内に飾っております。

木下支配人のお人柄に触れて、下高井戸シネマが愛される理由がわかりました。これからも変わらず、“オンリーワンの映画体験”を私たちに提供し続けてください。

 

下高井戸シネマ 15th記念ポスター 店内掲出

下高井戸シネマが現在の運営体制となった1998年から2013年まで、同館で上映された映画のチラシが並ぶ圧巻のポスター。2013年当時、来場者に配布してくださった記念品です。当時同館に足繫く通って映画を観た店主にとっての宝物で、自宅に飾っておくだけではもったいないと常に思っておりました。今回、木下支配人にご快諾いただき店内に掲出、皆様にお披露目しています。