【イベントレポート】小林啓一監督×成蹊大学映画研究部 座談会

「若い世代でしか撮れない映画がある。
悩まず立ち止まらずに、撮ってほしい」
監督から大学生にエール!

5/13(土)、ANGELIKA第2回イベント<小林啓一監督×成蹊大学映画研究部 座談会「今、日本の青春恋愛映画に求めるもの」>を開催しました。

創設1964年という伝統と数々の映画賞受賞歴を有する成蹊大学映画研究部。映画制作を主とする活動で、11月の文化祭でも完成作品を発表します。小林監督は部活内容について質問しつつ学生たちから映画を作りたいと思ったきっかけを聞き出すと、誰かに伝えたいという思い以上に自分に腑に落ちたい、自分の中にある何かを表現したい、保存したい、残したい、という答えが返ってきました。また、映画が好きで観る側の目線をしっかり持ち続けている学生、部活を通して自分ができないような創作をする人の存在に刺激を受けたという学生、制作過程の現状に向き合い皆が苦労している個人作業の限界を変えたいと考えている学生、部内交流や対外活動のために全力で動いている学生の話からは、活発で豊かな部活の様子がうかがえました。

学生たちにとってはプロの映画監督に質問できる貴重な機会。脚本を書いている途中で書き直したくなることがある、稚拙さに気づいてしまう、という学生には、恥ずかしさにふたをするよりは、次に進むきっかけにすべきと言う小林監督。また、アニメ―ション映画にはない実写映画の強みは、という質問への、実写映画には息遣いや瞬きにリアリズムがあるという答えに、小林監督作品のいくつかの名シーンを思い出しました。

そして、作ったものがどう見られるかが気になるという学生に、人に見せるものを作る上でそれは宿命と言う小林監督。「若い世代でしか撮れない映画がある。悩まず立ち止まらずに、撮ってほしい」と、小林監督から大学生にエールが送られました。

映画制作を通じて思っていることを本音でぶつけてくれた学生たちと、学生たちの話に真剣に耳を傾け丁寧に語ってくださった小林監督。とても充実した1時間半の座談会でした。学生の皆さん。小林監督の言葉を胸に映画制作を頑張ってください!

 

<ご案内>

「成蹊大学映画研究部 学生たちの<生涯のベスト映画>展示」開催

展示期間:5/13(土)~6/11(日)

座談会に参加した学生たちひとりひとりに<生涯のベスト映画>をアンケート。集まった16本の映画を、ANGELIKA店内で“ウォールアート”にして発表展示しています。映画を撮るきっかけになった映画、自分の価値観を発見できた映画など、1作1作にさまざまな理由があるそうです。現役大学生たちは、どんな作品が今、人生の中でのベスト映画なのかを、是非多くの方に知ってほしいです。

2022年映画ベストテン

1.『ベルファスト』

2.『わたしは最悪。』

3.『きっと地上には満天の星』

4.『ダウントン・アビー/新しき時代へ』

5.『恋は光』

6.『FLEE フリー』

7.『あのこと』

8.『RRR』

9.『LAMB/ラム』

10.『桐島、部活やめるってよ』

 

2022年も、映画のなかにはたくさんの人生が描かれ、人生で大切なことを映画からたくさん教えてもらいました。1969年、宗教の違いで分断する北アイルランドの都市ベルファスト、9歳の少年が家族とともに故郷を離れる日を迎えるまでのひと夏の日常が描かれる『ベルファスト』。時代の流れが一家の生活にもじわじわと押し寄せる一方で、変わらない家族の愛と寛容、故郷の存在。モノクロ作品故のノスタルジックな味わいの中で、少年の算数の宿題を手伝う祖父が言う「答えが1つなら紛争など起きんよ」という言葉が鋭くキリリと突き刺さりました。『ダウントン・アビー/新しき時代へ』での、マギー・スミス演じる先代グランサム伯爵未亡人バイオレットの「“予想外”を乗り越えるのが人生よ」という言葉も忘れられません。TVシリーズの映画化第2弾で、時代は1928年、ダウントンに暮らす人々に訪れた新しい時代の始まりを描きます。1912年、タイタニック号沈没の悲報が飛び込んだ朝から始まったTVシリーズ第1話。ダウントンの16年間を観続けて、人はいつでも成長できることを何度も教えられました。

『わたしは最悪。』は、人生の方向性が定まらず選択を繰り返し、そしてふたつの恋に揺れる30歳の主人公ユリヤの日常。「完璧なものを追いかけすぎなくていい。人生の階段をいかに経て、自分を受け入れるかが重要」というテーマを持った映画です。序章と終章+12章のキャプチャー立てされた構成も、章ごとに挿入される音楽も、35ミリフィルムで撮影された人物に寄り添うカメラワークも、ノルウェーの首都オスロの街並みも全て好きで、そのなかで人生を生きるユリヤの姿が眩しいほど魅力的。ヨアキム・トリアー監督自ら見出した主演女優にあてがきした脚本ということに納得。前作『テルマ』に衝撃を受け、次作を楽しみにしていた監督でした。

『きっと地上には満天の星』は、NYの地下鉄廃トンネルのコミュニティで暮らす母娘の物語。不法住民者として街から排除され、地上に逃げ惑うふたり。そしてラスト20分、娘を想う母の行動に動揺します。公開時期、ウクライナ侵攻により日常を奪われ地下シェルターで暮らす子どもたちを映すニュースを見ることが多く、この映画の結末に、そんな世の中の悲劇の連鎖を断ち切る希望の光を見ずにはいられませんでした。『FLEE フリー』は、アフガニスタンで生まれ育ったアミン(仮名)が、20年以上抱えていた秘密として親友に語る、家族を奪われ故郷を命懸けで脱出した彼の壮絶な半生。登場人物たちの安全を守るためアニメーションで制作され、2022年アカデミー賞で国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞の3部門にノミネートされました。真実を明かすことの勇気でできている映画です。そして、中絶が違法だった60年代のフランスで、予期せぬ妊娠をした大学生アンヌの葛藤と決断を描く『あのこと』は、アメリカでの人工妊娠中絶論争が世界的に波紋を広げてる今、アンヌの、自分の未来を救うために闘う姿には、社会への強いメッセージを感じました。

『RRR』には大興奮しました。迫力が凄すぎて笑えてくるほど面白いアクションシーンの連続。自分が貫く正義のために戦う男たちと、彼らの友情に痺れます。場内に高揚感が湧き続け、今この空間にいる人たちと映画への興奮を共有しているんだ!ということが嬉しくなり、映画館で観る楽しさを満喫しました。アイスランド映画『RAMB/ラム』もまた、映画館で観るべき作品。ダーク・ファンタジーな世界にどっぷり浸かりました。羊ではない何かに愛情を注ぐノオミ・ラパスの演技が素晴らしく、彼女が人間の抱える喪失・寛容・絶望を体現したことで、この奇想天外な映画に不思議な人間味が漂いました。

2022年ベスト恋愛映画は『恋は光』です。恋とは誰しもが語れるが誰しもが正しく語れないものである とするこの文科系哲学恋愛映画に惚れました。恋とは何かを懸命に考える4人の大学生。北代が西条に本心を言い放つセリフがもう!北代を演じる西野七瀬が最高で、小林啓一監督のヒロイン描写と、演じる女優の魅力の引き出し方が私はとても好きです。

そして、10本目は公開10周年記念上映で観た『桐島、部活やめるってよ』。本作は視点を変えて「金曜の放課後」が何度も繰り返されるストーリーが特徴で、その日付、11月25日が2022年は映画の設定と同じ金曜であることから今回の上映企画が生まれたとのことで、関係者の本作への愛を感じます。懐かしや気恥ずかしさやズキンとする感覚が波のように押し寄せ、ゾンビ襲来シーンに泣けて、やはり大好きな映画でした。

吉祥寺にANGELIKAオープン

ニューヨークのソーホーに<ANGELIKA FILM CENTER>という名の映画館があります。上映する映画のセレクトに定評があり、1994年10月、『パルプ・フィクション』公開初日に映画ファンが長蛇の列を作った映画館として日本でも紹介されたことがありました。

映画との出会いの場としてニューヨーカーに愛されているこの映画館が、2022年12月6日、吉祥寺にオープンするカフェ&ワイン・バー<ANGELIKA>の名の由来です。コーヒー、ワインの味わいと共に、映画関連情報もご提供してまいります。

2021年映画ベストテン

1.『隔たる世界の二人』

2.『アメリカン・ユートピア』

3.『17歳の瞳に映る世界』

4.『ミナリ』

5.『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

6.『イン・ザ・ハイツ』

7.『コレクティブ 国家の嘘』

8.『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』

9.『東京自転車節』

10.『街の上で』

 

短編実写映画をベストワンに選んだのは初めてです。でも、『隔たる世界の二人』は、観終わった直後震えるほど感動した作品でした。ブラック・ライブズ・マターを反映した今観るべきテーマを、タイムループという昔から存在する手法であまりにも見事に表現。映画の持つ表現力の凄さを改めて思い知らされました。

コロナ禍にあった映画館がほぼ通常に戻ったタイミングに満席のスクリーンで鑑賞した『アメリカン・ユートピア』。11人の最高にイカした大人たちによる最高のパフォーマンスと、神業としか言いようがないスパイク・リーのカメラワーク!多くの他人同士が今この瞬間同じ興奮を味わっていると実感した2時間は、まるでユートピアにいるような気分でした。

『アメリカン・ユートピア』ではパワフルで包容力に満ちたニューヨークが、『17歳の瞳に映る世界』の2人の少女にとっては、ただただ疎外感が募る暗い迷路のような場所。彷徨う少女の虚ろな表情と、病室の窓から見える空をみつめる瞳の色が、強烈に記憶に残りました。

父親が息子にかける言葉が心に沁みた『ミナリ』。自叙伝的映画なので、監督が幼い時に聞いた父の言葉をずっと覚えていると思うと感動が増します。ひとりの重要な登場人物を、印象的な顔アップのシーンで映画から去らせ、その後の行く末を一切見せなかったという潔さが余韻の深さに繋がりました。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、悪役が全く魅力なかったのが本当に残念。でも、その残念な気持ちを補って余りある、誰かに話したくて仕方ない程好きなシーンがあり、10本に入れないわけにはいきませんでした。007史上最長のボンド俳優となったダニエル・クレイグのボンド卒業を見届けたことに胸が熱くなりました。

ブロードウェイ・ミュージカル界に革命を起こしているリン=マニュエル・ミランダの処女作を『クレイジー・リッチ』のジョン・M・チュウ監督が映画化した『イン・ザ・ハイツ』は、舞台となっているワシントン・ハイツが終始主役として存在していて、ふと、映画『スモーク』を思い出しました。街とそこで生まれた人生が共に描写される映画が私は好きです。

医療と政治の腐敗が暴かれた事件を記者の視点から追うルーマニアの『コレクティブ 国家の嘘』では、「起こっていることが異常すぎて、自分たちが変に思えてくる」という記者のつぶやきが耳に残り、時代を席巻する若きシンガーの素顔と成功の軌跡、家族との関係を綴る『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』では、自分の心の奥を絞り出すように歌詞の一行一行を作り上げる過程の狂気と純粋さに感動。2021年も数々の面白いドキュメンタリーに出会えました。

『東京自転車節』は、コロナ禍に故郷から東京に出てきてウーバーイーツの配達員となった自分を作品にしたこれもドキュメンタリー。押しつけがましさの全くない、自撮りによる境遇とつぶやきの記録は、最後、一直線に自転車を走らせる姿を映して終わる、彼のその後ろ姿から確かなメッセージを受け取りました。『街の上で』は、下北沢を舞台に古着屋で働く主人公と彼を取り巻く4人の女性たちの物語。特に好きだったラストシーンについて、今泉監督によると、登場人物をいつまでも見ていたいと思わせられる終わり方で、あの笑顔が取れたからこれでいこうと思ったとのこと。監督の思いをその通りに受け取ることができて嬉しかったです。

『ノマドランド』

私は、思い出を引きずり過ぎたかもしれない。

 フランシス・マクドーマンドは、40代の頃、夫に「65歳になったら、名前をファーンと変えて、ラッキーストライクを吸ってワイルドターキーを呑んでRV車で旅に出るから」と話していたそうです。でも、ジェシカ・ブルーダーの原作ノンフィクションを読み、「ワゴン車で各地を巡ることに抱いていたロマンティックな気持ちが、すっかり打ち砕かれました」。原作に触発された彼女は、映画化に製作者としても関わり、監督にクロエ・ジャオを推挙。映画祭で前作『ザ・ライダー』を観たことで、この監督だ、と思ったそうです。

 ジャオ監督とマクドーマンドは、原作には登場しないファーンという人物を作りました。石膏採掘工場の町エンパイアがリーマンショックで消滅、仕事と家を同時に失ったファーンは、亡き夫の思い出をキャンピングカーに詰め込み、ノマドとしての生き方を探っていきます。ジャオ監督の提案で、キャンピングカーの内装はマクドーマンドに全て任せたそうです。マクドーマンドは、ファーンになって実在のノマドたちの中に身を投じ、監督は、ファーンを通してマクドーマンドが得た人生観を映画で表現する・・・凄い共同作業です。

 マクドーマンドが61歳の肉体を晒すことで、本作は老いていくことについて考えさせますし、労働者と雇用者の所得格差や年金問題を深刻に訴えるシーンもあります。そして、経済的な理由でノマドという選択しかない人が多く存在することも突きつけます。それらを現実として容赦なく織り交ぜつつも、本作は、社会派に振り過ぎず(それもできたはずなのに)、あくまでも焦点はファーンに当て続けます。本作の核心のブレない強さは、ジャオ監督が、「私が本作で問題提起をしたかったのは、“もしも、あなたを定義しているものを失ったとき、あなたは自分をとりもどせますか?”ということ」と語っていることで、納得しました。

 心に突き刺さったファーンの台詞があります。「父が言っていた。“思い出は生き続ける”。私は、思い出を引きずり過ぎたかもしれない」。久々にエンパイアを訪れ住んでいた家の中を歩き回るシーンで、彼女には見えているだろう夫の姿を、私もその時想像しました。過去を生きる糧として持ち続けるために新たな定住の地を持たないと決めた彼女の、失ったことを受け入れる苦悩と、それでも生きていく強さを知るシーンでした。

 アメリカ西部の景色は、本作の非常に重要な要素です。大自然を前にすると人間はちっぽけな存在、と形容されることがよくありますが、本作が捉える自然を観ながら思ったのは、人間は大きな存在の一部、ということでした。この2者は同じようでいて全く違うと思いました。

 

マジックアワーの深い静寂

『ザ・ライダー』

 舞台はアメリカ中西部サウスダコタ。落馬して頭蓋骨を損傷しロデオライダーとしての将来を断たれる青年が主人公です。ジャオ監督は、別の企画のリサーチ中に出会ったブレイディ・ジャンドローが事故に遭ったことを知り、彼の物語を映画化。主人公をブレイディが、周囲の人々も全て当人たちが実名のまま演じています。これは『ノマドランド』に繋がるジャオ監督の手法。過去の自分をなぞる役を、まるで自分自身に確かめるように演じるブレイディを見ながら、この役は他の誰にも演じさせてはいけないという思いになります。重度の障害を負ったライダー仲間レインとブレイディがリハビリ室でロデオを再現するシーンは、ずるい、と思いながら泣かされました。

 ブレイディが育てていた馬のエピソードに絡めて、次のような台詞が出てきます。「怪我して走れなくなった馬は安楽死させる。でも、人間は生きていく」。ゆっくり歩きだす彼の背中が、『ノマドランド』のラストシーンの、前に向かって歩き続けるマクドーマンドの背中と重なりました。

 深い青や薄紫に染まる自然の深い静寂が心に残ります。陽光が消え入る寸前のマジックアワーを多用した理由は、撮影時間が、ブレイディが本業の馬の調教を終えた後に限られたからだそう。私は、『赤い靴』の撮影監督ジャック・カーディフの自伝で初めて言葉を知り、その後、マジックアワーといえばテレンス・マリック監督という認識も持ちました。ジャオ監督も、そして、『ミナリ』のリー監督も、テレンス・マリックを崇拝していると知り、昔からの映画技法を、時代時代の素晴らしい映画によって堪能できる嬉しさに心が満たされました。

 

『ノマドランド』                                                                                             2020年/アメリカ/製作・監督・脚本・編集:クロエ・ジャオ/出演:フランシス・マクドーマンド(『スリー・ビルボード』『ファーゴ』)                                 『ザ・ライダー』                                                                           2017年/アメリカ/製作・監督・脚本:クロエ・ジャオ/出演:ブレイディ・ジャンドロー

『ミナリ』

監督自身を投影した登場人物が与えてくれた余韻

  映画が終わったあとのエンドロールのキャスト・パートで、最初に息子デビッドのクレジットが出てきた時、デビッドが、監督自身の幼少期を投影した役どころだったことを思い出しました。80年代、米南部アーカンソー州に移住した韓国系移民家族を描いた本作は、リー・アイザック・チョン監督が脚本も手掛け、自身の家族をモデルにした自伝的物語です。

 観ている間、心を持っていかれたのは夫婦の関係描写でした。貯金をはたいて土地を購入し農業で成功する夢に賭ける、何でもひとりで決めてしまう夫。ついていけなくなっていく妻。賃金を得るため夫婦して働きに行く養鶏場の場面、大量のヒナに埋もれながら無表情で黙々と雄雌の鑑定作業をする夫を妻はじっと見つめます。そして、夫婦間の溝は埋まらないかもしれないという矢先の、ある残酷な出来事。その時に取った妻のとっさの行動に胸を打たれました。

 でも、観終わった後に思い出すのは、デビッドがいるシーンばかりでした。地元の少年との友情が生まれた日。少年の父の暴露話をじっと聞き入る表情。両親の激しい口論シーンや養鶏場のシーンにもデビッドは存在いて、姉と一緒に隅で様子を見つめていました。そして、何と言っても、祖母とデビッドとのやりとりは名シーンばかり。共働きで子供の面倒が見られないということで韓国から呼ばれてきた、デビッドいわく「おばあちゃんらしくない」祖母との関りから、デビッドは成長していきます。祖母の言動に反抗ばかりしていた彼は、なぜ嫌なのか、どうしてほしいのかが解っていき、祖母への気持ちが変わり、自分を知り他人を知る力を得ていきます。それは、孫に好かれよう良き大人でいようとするような祖母ではなかったから。祖母を演じるユン・ヨジョンが本当に素晴らしい!

 ラストシーン。たくましく地に根を張るミナリを見つけた父が息子に言うひと言に泣けました。試練の先の一家の未来を見事に示唆した素晴らしい台詞です。監督の幼少期の思い出を形にした本作を観終えて、監督の心に強く残る出来事、祖母の表情、父の言葉のひとつひとつを噛みしめながら、映画の余韻に浸りました。

 本作には、自然の中に身を置いて生きる人間に必要な覚悟と信仰も描かれていました。監督の次作は『君の名は。』のハリウッド実写映画化。「自然や大地に耳を傾け、人への影響を受け入れていくというテーマ」が『ミナリ』と共通しているとし、「愛や家族の物語を地球の環境にも結びつける新海作品を、私が生身の俳優でどのように“翻訳”できるのか期待してほしいです」と語っています。“『ミナリ』の監督兼脚本家の作品らしさ”を見出せる映画になっていてほしいと願うばかりです。

 

監督の分身を演じるということ

『フェアウェル』

 NYに暮らすビリーは、祖母がガンで余命僅かと知らされ中国へ帰郷。両親を含む親族は皆、余命宣告は本人に知らせないという中国のしきたりを守りますが、ビリーだけは真実を伝えるべきではないかと悩みます。祖国の文化、海外へ移住した親世代の価値観、子世代の価値観、それらの共存の難しさと同時に、ビリーと祖母の絆の強さがひしひしと伝わる映画です。

 描かれるのはルル・ワン監督の体験で、ビリーは監督自身がモデル。右往左往する親族たちの中で彼女だけは独り観察者のような心境でいる様子を、演じるオークワフィナがその佇まいで表現し、映画全体の雰囲気をも作り出しました。「おばあちゃんにはやりたいことがあるはず。それに皆にお別れを言いたいかも」とつぶやくシーンでは、その表情や声色で、祖母への想いや自分の立場への迷いといった彼女=監督のこの時の感情が痛いほど伝わってきました。

 今年は『ミナリ』が数々の映画賞で評価され、スティーヴン・ユアンはアカデミー賞主演男優賞にアジア系初ノミネートとなりましたが、昨年は、オークワフィナが本作でアジア系初のゴールデングローブ賞映画部門主演女優賞受賞者に。女優でラッパーで脚本家。芸名には「私は扱いにくいけど、それでいい(I’m very awkward, but it’s fine)」という意味があるそう。『クレイジー・リッチ!』『オーシャンズ8』では、芸名そのままの個性が面白い名脇役でしたが、初主演の本作では彼女の愛嬌が活かされ、演技の幅も見せてくれました。

 

『ミナリ』                                                           2020年/アメリカ/監督・脚本:リー・アイザック・チョン/出演:スティーヴン・ユアン(『バーニング 劇場版』「ウォーキング・デッド」)、ユン・ヨジョン(『ハウスメイド』)、ハン・イェリ(『人狼』)                                                                     『フェアウェル』                                                         2019年/アメリカ/監督:ルル・ワン/出演:オークワフィナ(『クレイジー・リッチ!』)

連載⑭ミニシアター系映画史2003年

2003年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『ボウリング・フォー・コロンバイン』/恵比寿ガーデンシネマ

【2】『デブラ・ウィンガーを探して』/Bunkamuraル・シネマ

【3】『おばあちゃんの家』/岩波ホール

【4】『名もなきアフリカの地で』/シネスイッチ銀座

【5】『ゴスフォード・パーク』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『アイリス』/シネスイッチ銀座

【7】『シティ・オブ・ゴッド』/ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ

【8】『過去のない男』/恵比寿ガーデンシネマ

【9】『スコルピオンの恋まじない』/恵比寿ガーデンシネマ

【10】『マーサの幸せレシピ』/テアトルタイムズスクエア

 

 ドキュメンタリー『ボウリング・フォー・コロンバイン』の登場は衝撃でした。ブッシュのアメリカを否定し、銃社会の実態を暴き、全米ライフル協会会長チャールトン・ヘストンの自宅に突撃取材して彼を徹底的にこき下ろしました。マイケル・ムーア監督という強烈な個性によって展開した本作の一方で、撮る側と撮られる側との深い信頼関係から生まれたドキュメンタリーが『デブラ・ウィンガーを探して』。監督のロザンナ・アークエットが、リスペクトする34人の女優たちにカメラを向け心の内を問います。「女優は整形手術に走っちゃいけないのよ。50代の女が必要な映画に50代に見える女優がいなかったら大変。今を耐えれば、10年後に私が役を独り占めよ」。そう言って笑ったフランシス・マクドーマンドが、10数年後『スリー・ビルボード』でアカデミー賞主演女優賞を受賞。今観る面白さにも満ちている作品です。

 神の街と呼ばれるリオ・スラム街のギャングの世代交代を描く『シティ・オブ・ゴッド』は、実話をもとに街の素人たちを起用したドキュメンタリータッチの一大クロニクル。大勢の少年が銃を撃ちまくる姿にショックを受けながらも、洗練されたカメラワークと陽気なラテン音楽、時折交錯する過去と現在の時間軸、連なるエモーショナルなシーンに魅了され高揚感が高まり続けました。

 ドイツ映画の『名もなきアフリカの地で』と『マーサの幸せレシピ』は、片やナチスの迫害から逃れてアフリカに移り住んだ家族の物語、片や人と関わることを拒んできた一流シェフの女性がイタリア人シェフとの出会いで自分の殻を破る物語と、題材は全く違いながら共に国籍・文化の違う人に触れたことでの主人公の変化とその後を描いた映画です。そして二人の女性監督が共通して、新しい環境の中で成長するひとりの少女を登場させたことも印象的でした。

 戦間期の階級社会における複雑な人間関係が見どころのロバート・アルトマン監督作『ゴスフォード・パーク』。実在の女性作家を主人公に夫婦の愛を描いた『アイリス』。それぞれ錚々たる顔ぶれの英国俳優たちが共演していましたが、中でもマギー・スミス、そしてジュディ・デンチ、同じ1932年生まれの名女優がそれぞれの作品の中で存在感を際立たせていました。

 フィンランドのアキ・カウリスマキ監督作『過去のない男』は、暴漢に襲われ過去の記憶を失った男の希望と再生の物語。「大丈夫、人生は後ろには進まない」という台詞に、今、ここにある幸せをかみしめます。本作を配給したユーロスペースは、劇場運営と合わせて製作出資・買付・配給も手掛け、カウリスマキ、アッバス・キアロスタミ、レオス・カラックス、フランソワ・オゾンなど数多くの監督をいち早く日本に紹介、日本人監督発掘の役割も積極的に担ってきました。映画を監督で観る面白さを教えてくれたのは、ユーロスペースでした。

 『猟奇的な彼女』『死ぬまでにしたい10のこと』『8人の女たち』『トーク・トゥ・ハー』『WATARIDORI』『フリーダ』など、この年も都内2館以上のミニシアターで公開したことにより上記ランキング対象外となった作品が多く存在しました。

連載⑬ミニシアター系映画史2002年

2002年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『アメリ』/シネマライズ

【2】『メメント』/シネクイント

【3】『エトワール』/Bunkamuraル・シネマ

【4】『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』/シネマライズ

【5】『es[エス]』/シネセゾン渋谷

【6】『おいしい生活』/恵比寿ガーデンシネマ

【7】『元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯』/岩波ホール

【8】『ディナーラッシュ』/シネスイッチ銀座

【9】『アマデウス ディレクターズ・カット』/テアトルタイムズスクエア

【10】『青い春』/シネマライズ

 

 人を幸せにすることとクレームブリュレの表面をスプーン割ることが大好きなヒロインが、恋をして幸せになる『アメリ』。レッド、イエロー、グリーンの色彩が放つキュートでシュールな世界観に多くの人が心を掴まれました。『アメリ』は、シネマライズで前年11月から35週の超ロングラン公開を記録しましたが、同時期に向かいに位置するシネクイントでロングラン公開していたのが『メメント』です。

 結末から遡る革新的な構成が話題となった『メメント』は、10分しか記憶を保てなくなった男がポラロイド写真とメモとタトゥーに必死に今を残し記憶をたどり続けます。彼が忘れることを最も恐れたのは、自分が妻の復讐のために生きているということ。クリストファー・ノーラン監督の才能に度肝を抜かれたこの年は、ノーラン同様21世紀映画史上重要な監督たちの初期傑作の数々が公開しました。サム・メンデス『ロード・トゥ・パーディション』、ウェス・アンダーソン『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』、リチャード・リンクレイター『ウェイキング・ライフ』、フランソワ・オゾン『まぼろし』、そして、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが親友のアルフォンソ・キュアロンとギレルモ・デル・トロの協力を得て仕上げた初監督作『アモーレス・ペロス』。互いの映画を無償で助け合ってきた3人のメキシコ人映画監督は、見事に揃って近年のハリウッドを席巻する存在となりました。

 『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は、欠けたカタワレを探し性も国境も超える、エモーショナルなロック・ミュージカル。「人の存在意義は愛し愛されること」と語りかけるジョン・キャメロン・ミッチェルの歌声と、インディペンデント・スピリッツが全編に溢れるこの映画は、日常から離れた空間で他の観客たちと時間を共有する1度きりのライブのような楽しみ方こそが一番だと言えるでしょう。

 『アマデウス ディレクターズ・カット』は、1985年公開版から約20分のカット場面が復元。サリエリの嫉妬やモーツァルトの憔悴が具体的にはっきりと理解できるシーンがいくつか追加されましたが、それらを追加する必要などない程卓越した人物描写と演技力の傑作だったことに改めて気づかされました。素晴らしい映画をもう一度観る、あるいは観逃した人や初めて観る人の“きっかけ”となる上映は大いに意味があり、その役割を多くのミニシアターが担っています。

 『おいしい生活』はウディ・アレンの監督31本目。この年の、米同時多発テロ後初のアカデミー賞授賞式に、ニューヨークが舞台の映画を振り返るコーナーのプレゼンターとしてウディがサプライズ登壇しました。『アニー・ホール』で作品賞を受賞した時ですらホテル カーライルのパブでクラリネットを吹く習慣を優先した彼にとって、最初にして恐らく最後の出席だったはず。ウディ節炸裂のスピーチを飄々と終えたあと華やかな場からさっさと立ち去ってしまったそうですが、ニューヨークを愛してやまない彼からの、暴力の連鎖に対するひとつの回答だったのだと思います。

連載⑫ミニシアター系映画史2001年

2001年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『山の郵便配達』/岩波ホール

【2】『初恋のきた道』/Bunkamuraル・シネマ

【3】『蝶の舌』/シネスイッチ銀座

【4】『17歳のカルテ』/恵比寿ガーデンシネマ

【5】『PARTY7』/シネセゾン渋谷

【6】『彼女を見ればわかること』/Bunkamuraル・シネマ

【7】『キャラバン』/シネマライズ

【8】『ことの終わり』/シネスイッチ銀座

【9】『夏至』/Bunkamuraル・シネマ

【10】『ギター弾きの恋』/恵比寿ガーデンシネマ

 

 この年は、2本の中国映画が多くの人々の心を魅了しました。中国山間部で長年郵便配達を務めていた父が引退することになり、仕事を引き継ぐ息子にとっては初めての、父にとっては最後となる配達を2人で共にする『山の郵便配達』。父の訃報を聞き母のもとへ帰ってきた息子が、若かりし日の母と父との出会いを追想する『初恋のきた道』。共に、郷愁を誘う風景と人々のミニマムな日々の営みをかみしめるような作風で、父や母の人生に触れた息子の成長も共通して描かれた2本でした。

 年を跨いでのロングランとなった『17歳のカルテ』は、痛みを抱えながらもひたすらに生きようともがく魂の漂流が胸に迫りましたが、この年に公開された2本の日本映画『リリイ・シュシュのすべて』と『EUREKA ユリイカ』も、主人公たちの痛みと生きづらさに胸が締め付けられるような映画でした。絶望の果てに子供のためだけに生きようとする母を演じたビヨークの、イノセントな魂の歌声が強烈に響く『ダンサー・イン・ザ・ダーク』もこの年に公開されました。

 日伊両政府によるイタリア紹介事業「日本におけるイタリア年」をきっかけに、この年からイタリア映画祭がスタート。日本未公開の最新作が数々上映されました。直後に第54回カンヌ国際映画祭パルムドールをナンニ・モレッティ監督作『息子の部屋』が受賞というニュースも届き(日本公開は2002年1月)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(99年日本公開)、『海の上のピアニスト』(2000年日本公開)のヒットの流れや『マレーナ』の公開もあってイタリア映画がフィーチャされた年でした。

 全国のミニシアターで大ヒットした『リトル・ダンサー』は、都内複数館での公開となったので上記ランキング対象外作品ですが、間違いなく取り上げるべき1本です。劇場公開日の1月27日、東京は記録的な大雪。朝から交通網が乱れるなか、メイン館のシネスイッチ銀座にできた長蛇の列と満席の光景は今でも忘れられません。公開を楽しみに待ち、初日に劇場に足を運ぶ。人々の心を躍らせる映画の力に感動しました。サッチャー政権下で揺れるイギリス炭鉱町を舞台に、バレエダンサーになることを夢見るビリーの情熱と家族愛がUKミュージックと共に駆け抜けます。内なる自分を解き放つように踊るビリーのバレエは心の叫びそのもの。どれほど表現したい自分を持っているかということの大切さを教えられました。映画を観て感動したエルトン・ジョンがスティーヴン・ダルドリー監督にミュージカル化を提案。エルトンの全曲書き下ろしとダルドリー監督自らの演出によるミュージカル「Billy Elliot the Musical」が、ウエストエンドで2005年に開演、大成功を収めました。多くの国が各国キャストによるローカル版を製作、日本版も2017年に初演されました。

 『リトル・ダンサー』のヒットは、都内1館だけの公開作を対象にした単館公開作品興収ランキングの意義やミニシアター映画の定義づけを考え改めるきっかけになりました。そのことについては、この連載の名称に「ミニシアター“系”映画」という表現を使った理由も含め改めて書きたいと思います。

連載⑪ミニシアター系映画史2000年

2000年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』/シネマライズ

【2】『ヴァージン・スーサイズ』/シネマライズ

【3】『オール・アバウト・マイ・マザー』/シネセゾン渋谷

【4】『ロッタちゃんはじめてのおつかい』/恵比寿ガーデンシネマ

【5】『アメリカン・ヒストリーX』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『橋の上の娘』/Bunkamuraル・シネマ

【7】『チューブ・テイルズ』/シネクイント

【8】『玻璃の城』/岩波ホール

【9】『シャンドライの恋』/シネスイッチ銀座

【10】『遠い空の向こうに』/シャンテ シネ

 

 自由と愛に溢れた至福のキューバ音楽。人生の達人たちが生きることの素晴らしさを教えてくれるドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が幅広い年齢層を魅了した年でした。CDの売上30万枚というのは、ワールドミュージックというジャンルにおいて異例のことだったそうです。監督はニュー・ジャーマン・シネマの代表的存在ヴィム・ベンダース。『ベルリン・天使の詩』が88年に日本で公開されロングラン大ヒットしました。

 少女の奔放さと儚さが鮮烈に描写されたソフィア・コッポラの長編監督デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』。少女が曖昧な境界線を漂い続ける姿は、『17歳のカルテ』(2001年に跨っての公開のため興収発表年は翌年)でも強烈な印象として目に焼き付きました。『ボーイズ・ドント・クライ』もこの年に公開。彼女たちがありのままの自分でいるには、世の中はあまりにも不寛容であることを思い知らされました。

 スペインの奇才ペドロ・アルモドバル『オール・アバウト・マイ・マザー』は、世界の映画賞を次々に受賞し、必見の傑作との話題が高まるなか満を持しての劇場公開でした。最愛の息子を失ったシングルマザーが、息子が残した父への想いを伝えるため夫を探すことに。妊娠した修道女、女しか愛せない大女優、ハートは本物の性転換美女。逞しく生きる女たちと出会いながら、彼女は、再生の旅を続けます。自分の人生と向き合っていく強さを教えてくれて、命が受け継がれていくことの素晴らしさを教えてくれる、そんな母のような温かさを持つ愛と人生の映画です。

 1993年製作のスウェーデン映画『ロッタちゃん はじめてのおつかい』が多くの人に愛されたのは、ロッタちゃんの子供らしい可愛さは勿論ですが、ビジュアル戦略から始まり託児サービスの設定などに至るまで日本での劇場公開に関わった人々が作品を大切に育て大切に公開した結果だったと思います。ティーンエイジャーのみずみずしい感性が溢れる『ショー・ミー・ラヴ』、孤独な男に訪れた恋が夏の彩りと美しい白夜と共に描かれる『太陽の誘い』。スウェーデン映画が複数日本で公開された年でした。

 エドワード・ノートンとエドワード・ファーロングが白人至上主義に傾倒する兄弟を演じ、アメリカ社会が抱え続ける差別意識・人種偏見を浮き彫りにする『アメリカン・ヒストリーX』。エドワード・ノートンがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた同作が公開されたのもこの年。憎しみが生んだ悲劇のラストに、救いのない“暴力の連鎖”を思い知らされました。翌年の2001年、私たちは、アメリカ同時多発テロ事件の発生に衝撃を受けることになります。