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この映画、画面が正方形に近いサイズなんです。写真プリントのようなサイズ。いつもの映画より左右幅が狭い、独特の画面なんです。

その珍しさに気持ちが集中しながら観始めましたが、いつの間にか、映画の世界にすっかり浸り登場人物の出会いや出来事を追っていました。映画も写真も、技巧や構図といったテクニックの奥に物語が存在する表現物!そんな、普段映画を観て意識しないことを、この映画は意識させてくれました。

主人公はブリュッセルに住む移民労働者。週末をよそで過ごすために冷蔵庫に残っている野菜でスープを作り友人たちを訪ねて振る舞ったり、中華料理店で食事したりする。その中華料理店の店番の中国系ベルギー人がもうひとりの主人公で、苔の研究家でもある彼女が森に行った時ふたりは再会する。

映画チラシの、“「この」瞬間、「この」場所で、「この」偶然を”という言葉が、観終わった後、心に沁みてきます。年末に観た『PERFECT DAYS』の、PERFECT DAYが幾つも重なってPERFECT DAYSになるイメージを思い出しました。本作も、日常の一瞬一瞬、一日一日が重なる豊かさを感じる映画でした。

サン・セバスチャンへ、ようこそ

そうだ私、いつかバスク地方に行ってみたいという計画があったんだ、と思い出しました。海辺、旧市街、美術館、建築物、そして食(バルのピンチョス!生ハム!ガトーバスク!バスクチーズケーキ!)。そんな旅を実現させるなら、バスク地方のスペイン側に位置するサン・セバスチャンに、9月の映画祭開催時期を狙って行くことに決めました。映画の熱気に溢れている街に浸ると、主人公モートのように、好きな映画の中に自分が登場する夢を見るのかも。

描かれるのは華やかな映画祭での数日間。悩める主人公の卑屈っぷりと、世の中への皮肉を込めたジョークと、滑稽な恋愛劇。そしてたっぷりのニューヨーク愛とジャズ愛と映画愛。どこを切り取ってもウディ・アレン監督映画。

前作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は、ティモシー・シャラメに悩める主人公を演じさせて、見事にはまった、とても若々しい映画でしたが、本作は、ウディ・アレン・テイストを、濃くもせず薄めもせず、ストレートに見る面白さを味わえる映画でした。

哀れなるものたち

圧倒されて鳥肌が立ちました!何というパワー!

体は大人、頭脳は子供のベラが、世界を知り成長する旅。その過程を顔つき、身の動き、喋り方から服の着こなしと全身体で表現するエマ・ストーンが凄い!そして、ベラを巡る男たちを演じるウィレム・デフォー、マーク・ラファロ、ラミー・ユセフ。それぞれがそれぞれの愛し方で嘘偽りなくベラを愛していたことを説得力持って演じて凄い!男たちの行く末と引き換えにベラが成長する展開が見事!衣装、音楽、セットデザインも、ベラの成長の過程を見事に表現!

ベラにとっては、自分が世界をどう受け止めているかがすべて。人が自分にどう反応するかに左右されることはないのです。波乱万丈な旅の中でも、ベラを見ていれば迷子になることはありません。

これは、歪んだ世界に押しつぶされ抗うことができなかった過去の自分に、自分が決着をつける映画。私はそう見ました。ラストのエマ・ストーンが見せる表情の美しさには誰もかないません。

 

さて。『哀れなるものたち』ご鑑賞後にはぜひアンジェリカでエッグタルトをどうぞ!この映画の余韻に浸るのにエッグタルトは最高のお供です。ひと口で頬張らず、ごゆっくり味わってください!

マエストロ: その音楽と愛と

「ウエスト・サイド・ストーリー」の作曲家でもある巨匠指揮者レナード・バーンスタインの、愛する妻フェリシアとともに歩んだ生涯をブラッドリー・クーパーが監督・脚本・主演で映画化。

彼の、バーンスタインを演じていることへの喜びに満ち溢れている映画!というのが第一の感想。インタビュー記事を読んだら、いつもクラシック音楽が流れる家庭で育ち、特に指揮者に魅了され、子供の頃は何時間もオーケストラの指揮をするふりをして楽しんでいたそう。中盤の最大の見どころ、大聖堂でマーラーの交響曲を指揮する長回しのシーンの、演奏が終わった直後の至福の表情に、偉業を終えたバーンスタインの満足ではなく、ブラッドリー・クーパーの演じきった喜びを見て取ってしまったくらいです。

そんな隠しきれない喜びを抱えて演じるには、目の前の人に100%の愛情を注ぐような生き方を見せるこの映画のバーンスタインは適役だったように思います。印象的だったのは生徒に指揮を教えるシーン。その生徒が求めている表現を導き、習得できたことを一緒に喜ぶ。映画『TAR/ター』でのリディア・ターの生徒との接し方との何たる違い!

フェリシア役キャリー・マリガンの存在が、この映画を伝記ものにせず、愛の複雑さを描く映画にしました。夫が指揮するステージの舞台袖でその姿をじっと見つめるシーンが何度かあるのですが、あるシーンでは、その佇まいに、女優として輝いていた自分が夫の後ろで日陰の存在になった苛立たしさが表れ、別のシーンでは、夫の才能に改めて感動し、一番近い距離にいられることの幸せが表れます。中盤の見どころ大聖堂のシーンも、キャリー・マリガンが見せた表情が一番鮮明に記憶に残りました。

レザボア・ドッグス

クエンティン・タランティーノ、監督デビュー作。宝石店襲撃に失敗した強盗たちが失敗の原因を探り合う過程を、二転三転するストーリーで描き出す映画です。

冒頭7分間の“無駄話”シーン、ブラック・スーツ+タイ+サングラスの男たちが闊歩するオープニングロール、コードネームが付けられ、互いの名も素性も知らない設定、その中の主要3人のチーム加入のいきさつが語られるシーン、そのシーン挿入のタイミング、セリフまわし、音楽、もう、全てがクール!見せない美学。見せ方の美学。シビれます。

あまりにもアクの強い俳優陣の中で、当時は印象が薄かったティム・ロスが、こんなに凄かったなんて。目の動きの演技が凄い。彼こそがMr.オレンジ!

観に行く前日に、当時この映画を全力で薦めてくれた先輩と何と約30年ぶりに再会する機会が訪れたんです。尽きない映画談義。変わらず私の映画の師匠のひとりでした。

そして観た翌日には、映画を語り合うお仲間と本作の感想交換。映画では明かされないMr.ホワイトの過去を推測したというご感想に目から鱗!なるほど!そうであれば、あの時のあの行動が理解できる!

その後突然、初めてLAに旅行した時に、タランティーノが昔働いていたマンハッタンビーチのレンタルビデオ店を探しに行ったことを思い出しました。すっかり忘れていましたが、私、相当タランティーノ好きだったんですね。

今は、映画のラスト、最後の銃弾が誰が誰を撃った音だったのかを語り合いたくて仕方ありません。どなたか相手になっていただけませんか?