枯れ葉

ヘルシンキの街で、名前も知らないまま惹かれ合った男女が、不運なすれ違いと辛い現実に阻まれながらも互いへの想いを持ち続け、まわり道を重ねるラブストーリー。

無表情の登場人物。動かない画面。沈黙。多くは必要ない、ほんの少しの要素があれば大切なことはちゃんと伝えられる。そんなアキ・カウリスマキ監督映画が大好きです。

本作でグッときたシーンのひとつが、ようやくホラッパに再会したアンサが、彼を自宅でのディナーに招くためスーパーで食器を買うシーン。1人分の食器しか持っていなかったこれまでの生活が変わる、そんな幸せな希望が新しい食器をカゴの中に入れる彼女から滲み出てくるのです。無表情なのに。

彼女の家に行く前に、ホラッパが友人に自分のより少しだけ質の良い上着を借りるシーンもグッときます。勿論ふたりは無表情。

本作では度々、ウクライナの戦況のニュースがラジオから流れます。2002年、入国ビザ問題でNY映画祭に出席できなかったイランのアッバス・キアロスタミ監督へのアメリカの対応に反発しカウリスマキも映画祭をボイコット、『過去のない男』が外国語映画賞にノミネートされた翌年の米アカデミー賞授賞式も欠席、当時のカウリスマキの言葉「映画は世界を忘れるための娯楽ではない」を思い出しました。

でも、映画の中で自己の主張や思想を声高に唱えてはいません。カウリスマキ映画の中心に存在し続けているのは、やはりラブストーリーです。本作のチラシに書かれたキャッチコピーは「愛を、信じる」。本作のラストシーンを思い出すと、これ以上ぴったりの言葉は浮かびません。

PERFECT DAYS

今年のマイベスト級の映画!

降り注ぐ木漏れ日。そして習慣通り就寝前に本を読む男と、畳の部屋の窓の仄かな灯りが示す、同じ時間に東京の空の下にいる人々の存在。このチラシが映画の世界を見事に表現しています。

毎日決めた時刻に決めた行動を繰り返す…そういう暮らしを選んだ主人公。
でも、同じ日々を重ねることは「何も変わらない」とは全く違うし、
同様に、誰かと出会い同じ時間を共有すれば、その時間は濃くなって、それぞれの人生を変える。変わらないはずはない。

そんなことを顔の表情だけで見せてくれる役所広司。凄いです。

焼きそば酒場、お疲れちゃんの店主、銭湯のおじいさんなど笑えるシーンもあり、主人公が姪と過ごすひとときには心が温まります。カセットテープ、腕時計、「11の物語」、コンビニのサンドイッチなど、数多くの印象的なアイテムを思い出すのも楽しい。

ヴィム・ヴェンダース監督の35年前の映画『ベルリン・天使の詩』で、モノクロームの世界にいた天使が人間になり初めて知る色彩や、人と触れ合う感覚や、朝のコーヒーの味に感動するシーンを観て、日々が新鮮になったことを思い出しました。本作も観終わったあと、日々を丁寧に、暮らし重ねていきたいと、新鮮な気持ちになりました。

ポトフ 美食家と料理人

メニューを考案する美食家ドダンと、それを完璧に再現する料理人ウージェニー。料理への情熱を共有するふたりと、料理が主役の映画です。

調理過程、運ばれる料理、食する様子が、劇伴なし、会話も最小限に映し出される冒頭20分で、この映画にすっかり心を掴まれました。

クリエイティブなメニュー、食材への知識、手際のよさ、使い慣れた調理具を操り、仕上げの盛り付けのセンス!一方、目で楽しみ、食して幸福感に包まれる人々の表情!この映画は、人のお腹と心を満たして料理は完結するということもこだわって描いています。

そして、ドダンの料理を表現する言葉の美しさ!でも、料理人ウージェニーは、決して料理を言葉に換えません。どうぞ味わって。好きなように感じて。なんですね。

料理人の素質を持つ少女ポーリーヌの存在も重要でした。ドダンは調理過程で彼女に「この味を覚えておきなさい」と言い、味の変化を学ばせます。クセの強い食材に対しても同様にし、やがてこの美味しさがわかる時がくると教えます。料理は伝承であり学びです。

料理の魅力の全てを気づかせてくれる映画ですが、ドダンとウージェニーの愛のかたちにも魅了されました。特に映画の最後の台詞!ふたりの関係が見事に表現された完璧な台詞です。

監督はトラン・アン・ユン。デビュー作『青いパパイヤの香り』(1993)が大好きですが、本作では、料理を介してさらに深い愛を見せてくれました。

ロスト・イン・トランスレーション

CM撮影のために来日したハリウッドアクターと、カメラマンの夫に付き添って日本に滞在する女性。喪失感を抱えた似た者同士がそっと惹かれ合う儚い一瞬。

フランシス・フォード・コッポラの娘ソフィア・コッポラの出世作、舞台は無国籍なトーキョー、渋谷スクランブル交差点が世界的に有名な観光スポットとなった映画です。

同じく約20年ぶりに映画館で観た『アメリ』のように今の自分にグッとくるセリフを見つけたり、『ゴーストワールド』のようにやっぱり大好きな映画だと大興奮したりはしませんでしたが、この映画が魅力を放った当時がひたすら懐かしくなりました。

そして何といってもスカーレット・ヨハンソン!

夫に取り残され、異空間の中で独り彷徨うヒロインを自然体に演じていて、撮影時18歳の彼女の新鮮な魅力全開ながら、すでに大物女優の貫禄も!両面を合わせ持った彼女を改めて見れて面白かったです。

今回も当時の東京のミニシアター史を振り返ってみました。今回は2004年です。この年の単館興収1位はヴァージンシネマズ六本木ヒルズが上映した海洋ドキュメンタリー『ディープ・ブルー』。シネマライズは『ロスト・イン・トランスレーション』を、シネスイッチ銀座は『真珠の耳飾りの少女』を、それぞれ4月から約半年ロングラン、スカーレット・ヨハンソンが同年のミニシアターの顔になりました。恵比寿ガーデンシネマが『グッバイ、レーニン!』『華氏911』『モーターサイクル・ダイアリーズ』を次々とヒットさせた年。そして、シネクイントの『ジョゼと虎と魚たち』、岩波ホールの『父と暮せば』、シネカノン有楽町の『誰も知らない』、シャンテ・シネの『下妻物語』と、多彩な日本映画がヒットした年でした。

ゴーストワールド

『アメリ』に続けて懐かしい映画を観ました。

バカなクラスメイト、つまらない大人たち・・・くだらない世界を彷徨いながら自分の行くべき道を探すアウトサイダーなふたりの少女の物語。社会と折り合いをつけずに自分の価値観を貫こうとする少女の映画といえば、最近も、『レディ・バード』や『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』といった魅力的な映画がありました。

その中で『ゴーストワールド』が突出しているのは、少女が、ダサくても自分の世界を持っている中年男に惚れるという展開を入れたこと。そのことで、この映画は、ちょっとつらくて、でも何とも愛おしい余韻を残すのです。

そして心掴まれるラストシーン!あ~やっぱり大好きな映画でした。

興奮冷めやらぬ中、2001年の東京のミニシアター史を振り返ってみました。『ゴーストワールド』を上映したのは恵比寿ガーデンシネマ。同館ではこの年『17歳のカルテ』が大ヒット。Bunkamuraル・シネマは『初恋のきた道』『花様年華』、シネセゾン渋谷は『PARTY 7』、シネマライズは『キャラバン』、シネクイントは『ギャラクシー・クエスト』、岩波ホールは『山の郵便配達』がヒットした年。そして、この年にシネスイッチ銀座で上映しロングラン大ヒットした『リトル・ダンサー』は、私にとって、生涯一番思い入れの強い特別な映画になりました。

アメリ

緑と赤のチラシが映画館に並び始めた時から懐かしさでいっぱいに!『アメリ』を20年ぶりに映画館で観ました。

あまりにも懐かしいので、2002年の東京のミニシアター史を調べてみました。この年、『アメリ』がシネマライズで8カ月もの超ロングランを記録。2スクリーンを持つ同館は同時期に『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』を上映しこちらも大ヒット。向かいのシネクイントが同時期に上映していたのが『メメント』。Bunkamuraル・シネマは『エトワール』、恵比寿ガーデンシネマは『おいしい生活』、シネセゾン渋谷は『アモーレス・ぺロス』、シネスイッチ銀座は『ピアニスト』がヒットした年でした。・・・大好きな映画ばかり!

『アメリ』は、キュートでシュールなシーンがポストカードをめくるように次々と展開する映画。黒い瞳と短い前髪、クリームブリュレ、豚のランプ、モンマルトルの街並み。ビジュアルのひとつひとつが強い分物語の記憶が薄い映画でした。でも今回は、周囲の人たちを今よりほんの少し幸せにしてあげることに幸せを感じるアメリが、周囲の人たちに背中を押してもらって恋を実らせる物語に夢中に!「世界と調和がとれたと感じた。人生は何とシンプルで優しいのだろう」というセリフが心に沁み込みました。

映画の朝ごはん

おにぎり二個、おかず一品と沢庵。そんなシンプルなお弁当を提供する、ロケ弁として有名なお弁当屋さん「ポパイ」のドキュメンタリーです。


名だたる映画人たちが次々に登場しポパイのお弁当が特別な理由を証言するインタビューと、合間に映る調理場の様子。炊き立てごはんの幸せな湯気の映像にうっとりしていたら、ポパイにお弁当を発注した制作部の、ベテランさんと新人くんの仕事を追うパートに移り、そこから映画制作の実態や日本映画史にまで踏み込んでいきます。

ポパイのベテラン従業員さんの「ご飯で身体が満たされていれば作る映画は必ず良くなるのよ」という言葉が印象的です。「食事のシーンが記憶に残る映画に傑作が多い」というのが昔からの私の持論。ご飯と映画のいろいろな関係が見えてきました。

老舗のポパイは時代の変化に対応して商売を続けるけれど、働く従業員たちひとりひとりは今日も変わらずお弁当作りに人生を捧げている。映画の現場も同じことが言えます。ご飯も映画も、ますます好きになるドキュメンタリーでした。中身がギュッと詰まっていてお腹いっぱいになったのに、しばらくしたらもう一度、ワンシーンワンシーン噛みしめながら観たくなってきました。

ザ・キラー

デヴィッド・フィンチャー監督×アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー脚本。『セブン』『ファイト・クラブ』コンビでの久々の新作『ザ・キラー』を観ました。

長いキャリアのなかで初めて任務に失敗した暗殺者が、雇い主から消される運命に抗い、復讐の殺しを始めるというストーリー。映画は終始、主人公が今考えていることをナレーションで聞かせるのですが、それが何とも哲学的で、演じるマイケル・ファスベンダーのクールな容姿と相まって惚れ惚れ。ルーティンに体を鍛え、常に痕跡を消しながら行動する彼の一挙手一投足から目が離せなくなり、そして終盤、ティルダ・スウィントン演じる女との1対1の会話のシーンが、映画の中で最もスリリングで恐ろしく背筋が凍りました。

全編ピンと張り詰めた冷たい空気が漂いますが、格闘シーンは激しく過激!このコントラストの妙こそがフィンチャー作品の魅力です。ミュージックビデオ監督出身、彼が手掛けたマドンナの「エクスプレス・ユアセルフ」と「ヴォーグ」は大好きなMVです!

パトリシア・ハイスミスに恋して

米女流作家で多くの映画の原作者でもあるパトリシア・ハイスミスの人生と素顔に迫るドキュメンタリー。本人が映るアーカイブや関係者インタビュー、原作映画の名場面など様々な映像で構成されますが、生誕100周年を経て初めて発表された日記から抜粋される“言葉“がとりわけ印象に残り、ヒッチコック魔術全開の『見知らぬ乗客』も、『太陽がいっぱい』や『リプリー』も、自伝的小説の映画化『キャロル』も、観た当時とは違う解釈が見えてきました。文学の神に愛された人間の、言葉の表現力は凄い!

 

彼女の日記には失望という単語が度々出てきますし、小説を書く理由は許されない人生の代わりとも書いていますが、小説を書くことで人生から逃げたわけではなく、人生に決着をつけていたのではないかと思いました。思い通りにならないことばかりなのが人生。でも、ひとつひとつにしっかり決着をつけて、前進したいものです。

アアルト

北欧を代表する建築家でデザイナーのアルヴァ・アアルト。彼の人生と作品を巡るドキュメンタリーです。

25歳で建築事務所を設立。35歳で家具や照明器具、テキスタイルを扱う「アルテック」を創業。どんな仕事でも、原理原則を離れ作品にオリジナリティを出す姿勢を変えず、そして常に人と自然が主役。彼の作品が、フィンランド人の日常に溶け込んでいると言われる理由が見えてきます。クライアントよりも職人を大事にしたアアルトのエピソードが好きでした。


2019年夏にフィンランド旅行をしました。目的は、大好きなアキ・カウリスマキ監督の経営する映画館とバルに行くことと、もうひとつがアアルトのアトリエに行くことだったんです。無事アトリエに辿り着いたのがちょうど設計士たちの仕事時間で、間近で見学しました。至福の時間でした。アアルトの自邸と、彼が手掛けたヘルシンキ大学にも行きました。大学構内の階段の手摺りがとても心地よかったことと、図書館の椅子の美しいフォルムが印象に残っています。