2023年映画ベストテン

1.『枯れ葉』

2.『BRUE GIANT』

3.『雄獅少年/ライオン少年』

4.『PERFECT DAYS』

5.『ジョン・ウィック:コンセクエンス』

6.『TAR/ター』

7.『さらば、わが愛/覇王別姫』

        『ゴーストワールド』  ※共にリバイバル

9.『君は行く先を知らない』

10.『EO イーオー』

2022年映画ベストテン

1.『ベルファスト』

2.『わたしは最悪。』

3.『きっと地上には満天の星』

4.『ダウントン・アビー/新しき時代へ』

5.『恋は光』

6.『FLEE フリー』

7.『あのこと』

8.『RRR』

9.『LAMB/ラム』

10.『桐島、部活やめるってよ』

 

2022年も、映画のなかにはたくさんの人生が描かれ、人生で大切なことを映画からたくさん教えてもらいました。1969年、宗教の違いで分断する北アイルランドの都市ベルファスト、9歳の少年が家族とともに故郷を離れる日を迎えるまでのひと夏の日常が描かれる『ベルファスト』。時代の流れが一家の生活にもじわじわと押し寄せる一方で、変わらない家族の愛と寛容、故郷の存在。モノクロ作品故のノスタルジックな味わいの中で、少年の算数の宿題を手伝う祖父が言う「答えが1つなら紛争など起きんよ」という言葉が鋭くキリリと突き刺さりました。『ダウントン・アビー/新しき時代へ』での、マギー・スミス演じる先代グランサム伯爵未亡人バイオレットの「“予想外”を乗り越えるのが人生よ」という言葉も忘れられません。TVシリーズの映画化第2弾で、時代は1928年、ダウントンに暮らす人々に訪れた新しい時代の始まりを描きます。1912年、タイタニック号沈没の悲報が飛び込んだ朝から始まったTVシリーズ第1話。ダウントンの16年間を観続けて、人はいつでも成長できることを何度も教えられました。

『わたしは最悪。』は、人生の方向性が定まらず選択を繰り返し、そしてふたつの恋に揺れる30歳の主人公ユリヤの日常。「完璧なものを追いかけすぎなくていい。人生の階段をいかに経て、自分を受け入れるかが重要」というテーマを持った映画です。序章と終章+12章のキャプチャー立てされた構成も、章ごとに挿入される音楽も、35ミリフィルムで撮影された人物に寄り添うカメラワークも、ノルウェーの首都オスロの街並みも全て好きで、そのなかで人生を生きるユリヤの姿が眩しいほど魅力的。ヨアキム・トリアー監督自ら見出した主演女優にあてがきした脚本ということに納得。前作『テルマ』に衝撃を受け、次作を楽しみにしていた監督でした。

『きっと地上には満天の星』は、NYの地下鉄廃トンネルのコミュニティで暮らす母娘の物語。不法住民者として街から排除され、地上に逃げ惑うふたり。そしてラスト20分、娘を想う母の行動に動揺します。公開時期、ウクライナ侵攻により日常を奪われ地下シェルターで暮らす子どもたちを映すニュースを見ることが多く、この映画の結末に、そんな世の中の悲劇の連鎖を断ち切る希望の光を見ずにはいられませんでした。『FLEE フリー』は、アフガニスタンで生まれ育ったアミン(仮名)が、20年以上抱えていた秘密として親友に語る、家族を奪われ故郷を命懸けで脱出した彼の壮絶な半生。登場人物たちの安全を守るためアニメーションで制作され、2022年アカデミー賞で国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞の3部門にノミネートされました。真実を明かすことの勇気でできている映画です。そして、中絶が違法だった60年代のフランスで、予期せぬ妊娠をした大学生アンヌの葛藤と決断を描く『あのこと』は、アメリカでの人工妊娠中絶論争が世界的に波紋を広げてる今、アンヌの、自分の未来を救うために闘う姿には、社会への強いメッセージを感じました。

『RRR』には大興奮しました。迫力が凄すぎて笑えてくるほど面白いアクションシーンの連続。自分が貫く正義のために戦う男たちと、彼らの友情に痺れます。場内に高揚感が湧き続け、今この空間にいる人たちと映画への興奮を共有しているんだ!ということが嬉しくなり、映画館で観る楽しさを満喫しました。アイスランド映画『RAMB/ラム』もまた、映画館で観るべき作品。ダーク・ファンタジーな世界にどっぷり浸かりました。羊ではない何かに愛情を注ぐノオミ・ラパスの演技が素晴らしく、彼女が人間の抱える喪失・寛容・絶望を体現したことで、この奇想天外な映画に不思議な人間味が漂いました。

2022年ベスト恋愛映画は『恋は光』です。恋とは誰しもが語れるが誰しもが正しく語れないものである とするこの文科系哲学恋愛映画に惚れました。恋とは何かを懸命に考える4人の大学生。北代が西条に本心を言い放つセリフがもう!北代を演じる西野七瀬が最高で、小林啓一監督のヒロイン描写と、演じる女優の魅力の引き出し方が私はとても好きです。

そして、10本目は公開10周年記念上映で観た『桐島、部活やめるってよ』。本作は視点を変えて「金曜の放課後」が何度も繰り返されるストーリーが特徴で、その日付、11月25日が2022年は映画の設定と同じ金曜であることから今回の上映企画が生まれたとのことで、関係者の本作への愛を感じます。懐かしや気恥ずかしさやズキンとする感覚が波のように押し寄せ、ゾンビ襲来シーンに泣けて、やはり大好きな映画でした。

2021年映画ベストテン

1.『隔たる世界の二人』

2.『アメリカン・ユートピア』

3.『17歳の瞳に映る世界』

4.『ミナリ』

5.『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

6.『イン・ザ・ハイツ』

7.『コレクティブ 国家の嘘』

8.『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』

9.『東京自転車節』

10.『街の上で』

 

短編実写映画をベストワンに選んだのは初めてです。でも、『隔たる世界の二人』は、観終わった直後震えるほど感動した作品でした。ブラック・ライブズ・マターを反映した今観るべきテーマを、タイムループという昔から存在する手法であまりにも見事に表現。映画の持つ表現力の凄さを改めて思い知らされました。

コロナ禍にあった映画館がほぼ通常に戻ったタイミングに満席のスクリーンで鑑賞した『アメリカン・ユートピア』。11人の最高にイカした大人たちによる最高のパフォーマンスと、神業としか言いようがないスパイク・リーのカメラワーク!多くの他人同士が今この瞬間同じ興奮を味わっていると実感した2時間は、まるでユートピアにいるような気分でした。

『アメリカン・ユートピア』ではパワフルで包容力に満ちたニューヨークが、『17歳の瞳に映る世界』の2人の少女にとっては、ただただ疎外感が募る暗い迷路のような場所。彷徨う少女の虚ろな表情と、病室の窓から見える空をみつめる瞳の色が、強烈に記憶に残りました。

父親が息子にかける言葉が心に沁みた『ミナリ』。自叙伝的映画なので、監督が幼い時に聞いた父の言葉をずっと覚えていると思うと感動が増します。ひとりの重要な登場人物を、印象的な顔アップのシーンで映画から去らせ、その後の行く末を一切見せなかったという潔さが余韻の深さに繋がりました。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、悪役が全く魅力なかったのが本当に残念。でも、その残念な気持ちを補って余りある、誰かに話したくて仕方ない程好きなシーンがあり、10本に入れないわけにはいきませんでした。007史上最長のボンド俳優となったダニエル・クレイグのボンド卒業を見届けたことに胸が熱くなりました。

ブロードウェイ・ミュージカル界に革命を起こしているリン=マニュエル・ミランダの処女作を『クレイジー・リッチ』のジョン・M・チュウ監督が映画化した『イン・ザ・ハイツ』は、舞台となっているワシントン・ハイツが終始主役として存在していて、ふと、映画『スモーク』を思い出しました。街とそこで生まれた人生が共に描写される映画が私は好きです。

医療と政治の腐敗が暴かれた事件を記者の視点から追うルーマニアの『コレクティブ 国家の嘘』では、「起こっていることが異常すぎて、自分たちが変に思えてくる」という記者のつぶやきが耳に残り、時代を席巻する若きシンガーの素顔と成功の軌跡、家族との関係を綴る『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』では、自分の心の奥を絞り出すように歌詞の一行一行を作り上げる過程の狂気と純粋さに感動。2021年も数々の面白いドキュメンタリーに出会えました。

『東京自転車節』は、コロナ禍に故郷から東京に出てきてウーバーイーツの配達員となった自分を作品にしたこれもドキュメンタリー。押しつけがましさの全くない、自撮りによる境遇とつぶやきの記録は、最後、一直線に自転車を走らせる姿を映して終わる、彼のその後ろ姿から確かなメッセージを受け取りました。『街の上で』は、下北沢を舞台に古着屋で働く主人公と彼を取り巻く4人の女性たちの物語。特に好きだったラストシーンについて、今泉監督によると、登場人物をいつまでも見ていたいと思わせられる終わり方で、あの笑顔が取れたからこれでいこうと思ったとのこと。監督の思いをその通りに受け取ることができて嬉しかったです。

2020年映画ベストテン

1.『ダウントン・アビー』

2.『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』

3.『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』

4.『1917 命をかけた伝令』

5.『パラサイト 半地下の家族』

6.『ペイン・アンド・グローリー』

7.『TENET/テネット』

8.『レ・ミゼラブル』

9.『はちどり』

10.『ミセス・ノイズィ』

 

『パラサイト 半地下の家族』日本公開にあたりポン・ジュノ監督がコメントした次の言葉が印象に残っています。「映画が世界を変えられる、と確信を持って言うことはできません。しかし、映画は世界をありのままに映し出すことができると思います。ですから、世の中を生きることに力尽き疲れてしまった人たちがこの映画を観て、癒され救いが得られることを願っています」。実際の事件を大胆に脚色した『ミセス・ノイズィ』は、まさにそんな映画でした。SNS炎上やメディアリンチなど社会の歪みを痛烈に描きながら、真実をさらした先に、人は必ず分かり合えるというこれ以上ない心強いメッセージを用意してくれていました。ひとりの少女の日常の出来事をひとつひとつ紡いでいく『はちどり』は、1994年の聖水大橋墜落事故を映画の中でのクライマックスとして描くことで、不穏な時代の中で必死に羽を広げようとする少女のもがきが切実に伝わってきました。崩れることなど想像もしていなかった、信じて疑わなかったものが突然失われるという事態が、少女にとってどのような経験として描かれたかがこの映画の肝です。私は少女が成長する姿に救われました。一方、救いの全くないラストシーンに打ちのめされたのが『レ・ミゼラブル』でした。舞台のボスケ団地で育ち暮らす監督にしか撮ることのできない現実。この内容にしてどの登場人物にも善悪をつけずに描ききる覚悟。全ては環境のせいと考えることがせめてもの心の拠り所となった映画でした。

『はちどり』のキム・ボラ監督と『レ・ミゼラブル』のラジ・リ監督は、共にこれが長編デビュー作。次作も注目したい監督が増えた嬉しさと共に、2020年は、思い入れの強い監督たちの新作を楽しんだ年でした。『ペイン・アンド・グローリー』では、母への愛が溢れる冒頭のシーンから映画への愛で締め括るラストカットまで、濃厚なペドロ・アルモドバル節に痺れ、『TENET/テネット』では、時間を自在に操る技巧以上に、自分の存在意義を問いながら生き続ける男の苦悩がクリストファー・ノーラン監督作品に胸を打たれる要素だと改めて気付かされました。そして、社会の二極化を強烈な設定で表現した『パラサイト 半地下の家族』。目を逸らしたくなるほど残酷な悲喜劇の最後に、ポン・ジュノ監督は、救いを見出せるラストシーンを用意してくれていました。『殺人の追憶』や『グエムル -漢江の怪物-』もそうでしたが、この監督の映画の余韻が私は好きです。

『1917 命をかけた伝令』は、若き兵士が四方を飛び交う弾丸をよけながら走り抜くクライマックス・シーンに泣きました。そして、『1917 命をかけた伝令』と『TENET/テネット』は、ジャンルは違いながら課せられた任務を全うする男の凛々しさに共に強く感情を揺さぶられました。

『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』と『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』は、どちらも、学園ものにありがちなヒエラルキー&キャラクター設定を軽やかに弾き飛ばす大胆さと、登場する全ての個性を平等に肯定し愛おしむ繊細さが見事にブレンドされていて、大好きな2本でした。「ハーフ・オブ・イット』は、全編に漂う優しい空気が心地よく、時折登場する映画の小ネタにワクワク。『ブックスマート』は、過激ながら胸に染みるセリフが満載でした。

そして、私にとって2020年一番の映画は『ダウントン・アビー』です。1927年のイギリス。新しい価値観が生まれ時代が動いていくなかで、登場人物たちは全員が自分の幸せを追求し続けていて、そして誇り高く生き抜いていました。公開日を指折り数えながらTVシリーズをおさらいし、鑑賞後に食事する店のセレクトもイベントになり、友人たちと感想を交換しあう。場内に沸いた高揚感や映画館を出た時の気分すらも鮮明に思い出せます。今は言うまでもなく様々なメディアで映画を観ることができますし、今年は、そのことが非常に意味を持った年でもありました。でも、映画館の空気も含めて映画を心に刻む行為は、これからも楽しみに重ねていきたいです。

2019年映画ベストテン

1.『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

2.『ラスト・ムービースター』

3.『荒野にて』

4.『ビール・ストリートの恋人たち』

5.『キューブリックに魅せられた男』

6.『あなたの名前を呼べたなら』

7.『THE GUILTY/ギルティ』

8.『ジョーカー』

9.『スパイダーマン:スパイダーバース』

10.『ファイティング・ファミリー』

2019年に観た映画といえば、まず、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』について語りたくなります。1994年、『パルプ・フィクション』で時代の寵児となったクエンティン・タランティーノ。そして、同じく90年代中盤に『セブン』と『タイタニック』でスターの座を確実にしたブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオ。3人のタッグに、もうとにかく感無量。ピットとディカプリオは、初共演で共に成熟した俳優としての最高の演技を披露、落ち目の役者とそのスタントマンのバディものとして大いに楽しませてくれます。そしてタランティーノは、シャロン・テート事件という時代の闇の象徴のような悲劇を、事実とは違う結末で描くという大胆な業でひとりのハリウッド女優の魂を救ってみせました。映画に対する愛が爆発する「これぞタランティーノ映画」です。

同作でディカプリオが演じた役のモデルであるバート・レイノルズが、かつて一世を風靡したアクション俳優を自虐を込めてチャーミングに演じ遺作となった『ラスト・ムービースター』。ファンたちの計らいで彼の晩年に光が差すという温かさが大好きでした。

少年が馬に寄り添いながら荒野を漂流する姿が忘れられない『荒野にて』。ここ数年観た映画の中で一番つらいラストシーンだった『ビール・ストリートの恋人たち』。レオン・ヴィターリという人物を知る面白さから始まり、気が付けば、映画製作の神髄まで教えてくれた魅力的なドキュメンタリー『キューブリックに魅せられた男』。今年最も心ときめいた恋愛映画『あなたの名前を呼べたなら』。

緊急ダイヤル担当の警官が、電話相手とのやりとりだけで誘拐事件に迫る『THE GUILTY/ギルティ』は、観る側にも電話の向こうの視覚情報を全く与えない斬新な作りが見事でした。最悪の事態を想像した自分の脳内映像で気持ちが悪くなったり、序盤のセリフをラストまで完璧に覚えていたりと、あらゆる感覚が研ぎ澄まされた88分間でした。

『ジョーカー』は、人から徹底的に疎まれ、社会から徹底的に疎外されたひとりの男の哀しみを体現したホアキン・フェニックスに圧倒され、目の前に映るすべてのシーンから一瞬たりとも目を逸らしてはいけないという思いに駆られた映画でした。一方、仲間同士の結束で、それぞれが自己の存在意義を見出し活躍する『スパイダーマン:スパイダーバース』は、アニメーションならではの方法でキャラクターたちの多様性を表現。今、観るべき、2本のアメコミ映画です。

WWEで活躍した女子レスラー ペイジの実話に基づいた『ファイティング・ファミリー』は、サクセス・ストーリーとしても勿論面白かったのですが、妹の実力と情熱を誰よりも信じた兄の姿に泣けました。ペイジを演じるフローレンス・ピューのことは、パク・チャヌクのTVドラマ監督デビュー作「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」を観て以来ずっと気になっていました。スパイの次に女子プロレスラーを熱演、そして若草物語の四女エイミー役でアカデミ―賞助演女優賞ノミネート、『ブラック・ウィドウ』も控えるという目覚ましい活躍を見せる、勝気な太い眉と低音ボイスが印象的な注目の女優です。

2018年映画ベストテン

1.『スリー・ビルボード』

2.『レディ・バード』

3.『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』

4.『悲しみに、こんにちは』

5.『15時17分、パリ行き』

6.『彼が愛したケーキ職人』

7.『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』

8.『ブリグズビー・ベア』

9.『ボヘミアン・ラプソディ』

10.『ラッキー』

その年に観た映画のベストテンを書き溜めて20年になります。毎年悩みに悩んで10本に絞るのですが、リストを眺めていると、何かしら発見することがあり面白いものです。

2018年は、ラストシーンにノックアウトされた映画が多い1年でした。

『スリー・ビルボード』は、最後に交わすふたりの会話が圧巻。台詞を正確に思い出せるほど、ここ数年観た映画の中でも屈指のラストシーンでした。ヒロインが横を向いた瞬間に映画が終わるという斬新さが印象的だった『レディ・バード』。正面のクローズアップではなく、なぜ横顔だったのか・・・後にグレタ・ガーウィグ監督のオーディオコメンタリーでその理由がわかり、大いに納得しました。『フロリダ・プロジェクト』と『悲しみに、こんにちは』は、自分を抑えてきた少女たちが最後に感情を爆発させた時の表情が忘れられません。

『15時17分、パリ行き』には、またしてもやられた!という思い。クリント・イーストウッド監督作品には、劇的なクライマックスシーンよりも、エンドロールが流れ始めることを予感したその瞬間にいつも心をずしんと動かされます。そこからしばらく、登場人物のその後の人生に思いを馳せ、余韻に浸る時間が続くのです。

男の素性も、秘めた想いも、すべてを見事に表現した「後ろ姿の演技」が忘れられない『彼が愛したケーキ職人』。シーツおばけの垂れ目具合が完璧だったことと、何が書いてあるのか最後までわからない「メモ」が頭から離れない『ア・ゴースト・ストーリー』。『ブリグズビー・ベア』は、否定的な目線がひとつもない、優しい映画。この映画が好きな人とは何時間でも話ができます。

最後の2本は、俳優で選びました。ルーシー・ボイントンが魅力的だった『ボヘミアン・ラプソディ』。生涯愛した唯一人の女性・・・そんな「バンドマンのミューズ」という役どころを、『シング・ストリート 未来へのうた』に続き説得力をもって演じた女優です。そして、ハリー・ディーン・スタントンの遺作となった『ラッキー』。自分を見失い過ちをおかした過去を背負いながら、愛する者たちの幸せだけを望む男を演じた『パリ、テキサス』が、私にとって印象深い俳優ですが、本作では、ただひたすらに今の自分自身と向き合い生をいとおしむ男を演じていて、ふたつの役がまるでひとりの男の生き様のように繋がっていきました。