連載⑭ミニシアター系映画史2003年

2003年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『ボウリング・フォー・コロンバイン』/恵比寿ガーデンシネマ

【2】『デブラ・ウィンガーを探して』/Bunkamuraル・シネマ

【3】『おばあちゃんの家』/岩波ホール

【4】『名もなきアフリカの地で』/シネスイッチ銀座

【5】『ゴスフォード・パーク』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『アイリス』/シネスイッチ銀座

【7】『シティ・オブ・ゴッド』/ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ

【8】『過去のない男』/恵比寿ガーデンシネマ

【9】『スコルピオンの恋まじない』/恵比寿ガーデンシネマ

【10】『マーサの幸せレシピ』/テアトルタイムズスクエア

 

 ドキュメンタリー『ボウリング・フォー・コロンバイン』の登場は衝撃でした。ブッシュのアメリカを否定し、銃社会の実態を暴き、全米ライフル協会会長チャールトン・ヘストンの自宅に突撃取材して彼を徹底的にこき下ろしました。マイケル・ムーア監督という強烈な個性によって展開した本作の一方で、撮る側と撮られる側との深い信頼関係から生まれたドキュメンタリーが『デブラ・ウィンガーを探して』。監督のロザンナ・アークエットが、リスペクトする34人の女優たちにカメラを向け心の内を問います。「女優は整形手術に走っちゃいけないのよ。50代の女が必要な映画に50代に見える女優がいなかったら大変。今を耐えれば、10年後に私が役を独り占めよ」。そう言って笑ったフランシス・マクドーマンドが、10数年後『スリー・ビルボード』でアカデミー賞主演女優賞を受賞。今観る面白さにも満ちている作品です。

 神の街と呼ばれるリオ・スラム街のギャングの世代交代を描く『シティ・オブ・ゴッド』は、実話をもとに街の素人たちを起用したドキュメンタリータッチの一大クロニクル。大勢の少年が銃を撃ちまくる姿にショックを受けながらも、洗練されたカメラワークと陽気なラテン音楽、時折交錯する過去と現在の時間軸、連なるエモーショナルなシーンに魅了され高揚感が高まり続けました。

 ドイツ映画の『名もなきアフリカの地で』と『マーサの幸せレシピ』は、片やナチスの迫害から逃れてアフリカに移り住んだ家族の物語、片や人と関わることを拒んできた一流シェフの女性がイタリア人シェフとの出会いで自分の殻を破る物語と、題材は全く違いながら共に国籍・文化の違う人に触れたことでの主人公の変化とその後を描いた映画です。そして二人の女性監督が共通して、新しい環境の中で成長するひとりの少女を登場させたことも印象的でした。

 戦間期の階級社会における複雑な人間関係が見どころのロバート・アルトマン監督作『ゴスフォード・パーク』。実在の女性作家を主人公に夫婦の愛を描いた『アイリス』。それぞれ錚々たる顔ぶれの英国俳優たちが共演していましたが、中でもマギー・スミス、そしてジュディ・デンチ、同じ1932年生まれの名女優がそれぞれの作品の中で存在感を際立たせていました。

 フィンランドのアキ・カウリスマキ監督作『過去のない男』は、暴漢に襲われ過去の記憶を失った男の希望と再生の物語。「大丈夫、人生は後ろには進まない」という台詞に、今、ここにある幸せをかみしめます。本作を配給したユーロスペースは、劇場運営と合わせて製作出資・買付・配給も手掛け、カウリスマキ、アッバス・キアロスタミ、レオス・カラックス、フランソワ・オゾンなど数多くの監督をいち早く日本に紹介、日本人監督発掘の役割も積極的に担ってきました。映画を監督で観る面白さを教えてくれたのは、ユーロスペースでした。

 『猟奇的な彼女』『死ぬまでにしたい10のこと』『8人の女たち』『トーク・トゥ・ハー』『WATARIDORI』『フリーダ』など、この年も都内2館以上のミニシアターで公開したことにより上記ランキング対象外となった作品が多く存在しました。

連載⑬ミニシアター系映画史2002年

2002年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『アメリ』/シネマライズ

【2】『メメント』/シネクイント

【3】『エトワール』/Bunkamuraル・シネマ

【4】『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』/シネマライズ

【5】『es[エス]』/シネセゾン渋谷

【6】『おいしい生活』/恵比寿ガーデンシネマ

【7】『元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯』/岩波ホール

【8】『ディナーラッシュ』/シネスイッチ銀座

【9】『アマデウス ディレクターズ・カット』/テアトルタイムズスクエア

【10】『青い春』/シネマライズ

 

 人を幸せにすることとクレームブリュレの表面をスプーン割ることが大好きなヒロインが、恋をして幸せになる『アメリ』。レッド、イエロー、グリーンの色彩が放つキュートでシュールな世界観に多くの人が心を掴まれました。『アメリ』は、シネマライズで前年11月から35週の超ロングラン公開を記録しましたが、同時期に向かいに位置するシネクイントでロングラン公開していたのが『メメント』です。

 結末から遡る革新的な構成が話題となった『メメント』は、10分しか記憶を保てなくなった男がポラロイド写真とメモとタトゥーに必死に今を残し記憶をたどり続けます。彼が忘れることを最も恐れたのは、自分が妻の復讐のために生きているということ。クリストファー・ノーラン監督の才能に度肝を抜かれたこの年は、ノーラン同様21世紀映画史上重要な監督たちの初期傑作の数々が公開しました。サム・メンデス『ロード・トゥ・パーディション』、ウェス・アンダーソン『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』、リチャード・リンクレイター『ウェイキング・ライフ』、フランソワ・オゾン『まぼろし』、そして、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが親友のアルフォンソ・キュアロンとギレルモ・デル・トロの協力を得て仕上げた初監督作『アモーレス・ペロス』。互いの映画を無償で助け合ってきた3人のメキシコ人映画監督は、見事に揃って近年のハリウッドを席巻する存在となりました。

 『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は、欠けたカタワレを探し性も国境も超える、エモーショナルなロック・ミュージカル。「人の存在意義は愛し愛されること」と語りかけるジョン・キャメロン・ミッチェルの歌声と、インディペンデント・スピリッツが全編に溢れるこの映画は、日常から離れた空間で他の観客たちと時間を共有する1度きりのライブのような楽しみ方こそが一番だと言えるでしょう。

 『アマデウス ディレクターズ・カット』は、1985年公開版から約20分のカット場面が復元。サリエリの嫉妬やモーツァルトの憔悴が具体的にはっきりと理解できるシーンがいくつか追加されましたが、それらを追加する必要などない程卓越した人物描写と演技力の傑作だったことに改めて気づかされました。素晴らしい映画をもう一度観る、あるいは観逃した人や初めて観る人の“きっかけ”となる上映は大いに意味があり、その役割を多くのミニシアターが担っています。

 『おいしい生活』はウディ・アレンの監督31本目。この年の、米同時多発テロ後初のアカデミー賞授賞式に、ニューヨークが舞台の映画を振り返るコーナーのプレゼンターとしてウディがサプライズ登壇しました。『アニー・ホール』で作品賞を受賞した時ですらホテル カーライルのパブでクラリネットを吹く習慣を優先した彼にとって、最初にして恐らく最後の出席だったはず。ウディ節炸裂のスピーチを飄々と終えたあと華やかな場からさっさと立ち去ってしまったそうですが、ニューヨークを愛してやまない彼からの、暴力の連鎖に対するひとつの回答だったのだと思います。

連載⑫ミニシアター系映画史2001年

2001年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『山の郵便配達』/岩波ホール

【2】『初恋のきた道』/Bunkamuraル・シネマ

【3】『蝶の舌』/シネスイッチ銀座

【4】『17歳のカルテ』/恵比寿ガーデンシネマ

【5】『PARTY7』/シネセゾン渋谷

【6】『彼女を見ればわかること』/Bunkamuraル・シネマ

【7】『キャラバン』/シネマライズ

【8】『ことの終わり』/シネスイッチ銀座

【9】『夏至』/Bunkamuraル・シネマ

【10】『ギター弾きの恋』/恵比寿ガーデンシネマ

 

 この年は、2本の中国映画が多くの人々の心を魅了しました。中国山間部で長年郵便配達を務めていた父が引退することになり、仕事を引き継ぐ息子にとっては初めての、父にとっては最後となる配達を2人で共にする『山の郵便配達』。父の訃報を聞き母のもとへ帰ってきた息子が、若かりし日の母と父との出会いを追想する『初恋のきた道』。共に、郷愁を誘う風景と人々のミニマムな日々の営みをかみしめるような作風で、父や母の人生に触れた息子の成長も共通して描かれた2本でした。

 年を跨いでのロングランとなった『17歳のカルテ』は、痛みを抱えながらもひたすらに生きようともがく魂の漂流が胸に迫りましたが、この年に公開された2本の日本映画『リリイ・シュシュのすべて』と『EUREKA ユリイカ』も、主人公たちの痛みと生きづらさに胸が締め付けられるような映画でした。絶望の果てに子供のためだけに生きようとする母を演じたビヨークの、イノセントな魂の歌声が強烈に響く『ダンサー・イン・ザ・ダーク』もこの年に公開されました。

 日伊両政府によるイタリア紹介事業「日本におけるイタリア年」をきっかけに、この年からイタリア映画祭がスタート。日本未公開の最新作が数々上映されました。直後に第54回カンヌ国際映画祭パルムドールをナンニ・モレッティ監督作『息子の部屋』が受賞というニュースも届き(日本公開は2002年1月)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(99年日本公開)、『海の上のピアニスト』(2000年日本公開)のヒットの流れや『マレーナ』の公開もあってイタリア映画がフィーチャされた年でした。

 全国のミニシアターで大ヒットした『リトル・ダンサー』は、都内複数館での公開となったので上記ランキング対象外作品ですが、間違いなく取り上げるべき1本です。劇場公開日の1月27日、東京は記録的な大雪。朝から交通網が乱れるなか、メイン館のシネスイッチ銀座にできた長蛇の列と満席の光景は今でも忘れられません。公開を楽しみに待ち、初日に劇場に足を運ぶ。人々の心を躍らせる映画の力に感動しました。サッチャー政権下で揺れるイギリス炭鉱町を舞台に、バレエダンサーになることを夢見るビリーの情熱と家族愛がUKミュージックと共に駆け抜けます。内なる自分を解き放つように踊るビリーのバレエは心の叫びそのもの。どれほど表現したい自分を持っているかということの大切さを教えられました。映画を観て感動したエルトン・ジョンがスティーヴン・ダルドリー監督にミュージカル化を提案。エルトンの全曲書き下ろしとダルドリー監督自らの演出によるミュージカル「Billy Elliot the Musical」が、ウエストエンドで2005年に開演、大成功を収めました。多くの国が各国キャストによるローカル版を製作、日本版も2017年に初演されました。

 『リトル・ダンサー』のヒットは、都内1館だけの公開作を対象にした単館公開作品興収ランキングの意義やミニシアター映画の定義づけを考え改めるきっかけになりました。そのことについては、この連載の名称に「ミニシアター“系”映画」という表現を使った理由も含め改めて書きたいと思います。

連載⑪ミニシアター系映画史2000年

2000年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』/シネマライズ

【2】『ヴァージン・スーサイズ』/シネマライズ

【3】『オール・アバウト・マイ・マザー』/シネセゾン渋谷

【4】『ロッタちゃんはじめてのおつかい』/恵比寿ガーデンシネマ

【5】『アメリカン・ヒストリーX』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『橋の上の娘』/Bunkamuraル・シネマ

【7】『チューブ・テイルズ』/シネクイント

【8】『玻璃の城』/岩波ホール

【9】『シャンドライの恋』/シネスイッチ銀座

【10】『遠い空の向こうに』/シャンテ シネ

 

 自由と愛に溢れた至福のキューバ音楽。人生の達人たちが生きることの素晴らしさを教えてくれるドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が幅広い年齢層を魅了した年でした。CDの売上30万枚というのは、ワールドミュージックというジャンルにおいて異例のことだったそうです。監督はニュー・ジャーマン・シネマの代表的存在ヴィム・ベンダース。『ベルリン・天使の詩』が88年に日本で公開されロングラン大ヒットしました。

 少女の奔放さと儚さが鮮烈に描写されたソフィア・コッポラの長編監督デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』。少女が曖昧な境界線を漂い続ける姿は、『17歳のカルテ』(2001年に跨っての公開のため興収発表年は翌年)でも強烈な印象として目に焼き付きました。『ボーイズ・ドント・クライ』もこの年に公開。彼女たちがありのままの自分でいるには、世の中はあまりにも不寛容であることを思い知らされました。

 スペインの奇才ペドロ・アルモドバル『オール・アバウト・マイ・マザー』は、世界の映画賞を次々に受賞し、必見の傑作との話題が高まるなか満を持しての劇場公開でした。最愛の息子を失ったシングルマザーが、息子が残した父への想いを伝えるため夫を探すことに。妊娠した修道女、女しか愛せない大女優、ハートは本物の性転換美女。逞しく生きる女たちと出会いながら、彼女は、再生の旅を続けます。自分の人生と向き合っていく強さを教えてくれて、命が受け継がれていくことの素晴らしさを教えてくれる、そんな母のような温かさを持つ愛と人生の映画です。

 1993年製作のスウェーデン映画『ロッタちゃん はじめてのおつかい』が多くの人に愛されたのは、ロッタちゃんの子供らしい可愛さは勿論ですが、ビジュアル戦略から始まり託児サービスの設定などに至るまで日本での劇場公開に関わった人々が作品を大切に育て大切に公開した結果だったと思います。ティーンエイジャーのみずみずしい感性が溢れる『ショー・ミー・ラヴ』、孤独な男に訪れた恋が夏の彩りと美しい白夜と共に描かれる『太陽の誘い』。スウェーデン映画が複数日本で公開された年でした。

 エドワード・ノートンとエドワード・ファーロングが白人至上主義に傾倒する兄弟を演じ、アメリカ社会が抱え続ける差別意識・人種偏見を浮き彫りにする『アメリカン・ヒストリーX』。エドワード・ノートンがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた同作が公開されたのもこの年。憎しみが生んだ悲劇のラストに、救いのない“暴力の連鎖”を思い知らされました。翌年の2001年、私たちは、アメリカ同時多発テロ事件の発生に衝撃を受けることになります。

連載⑩ミニシアター系映画史1999年

1999年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『バッファロー’66』/シネクイント

【2】『宗家の三姉妹』/岩波ホール

【3】『ベルベット・ゴールドマイン』/シネマライズ

【4】『ラン・ローラ・ラン』/シネマライズ

【5】『セントラル・ステーション』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『鳩の翼』/Bunkamuraル・シネマ

【7】『ポーラX』/シネマライズ

【8】『タンゴ』/Bunkamuraル・シネマ

【9】『ビッグ・リボウスキ』/シネマライズ

【10】『運動靴と赤い金魚』/シネスイッチ銀座

 

 多目的ホールSPACE PART3を映画専門館にリニューアルし、7月にオープンしたシネ・クイントの第1弾『バッファロー’66』。ニューヨーク出身のヴィンセント・ギャロが、監督・主演・美術・音楽を手掛けるというトンがった俺様映画でありながらも、ダメ男の哀しさや、クリスティーナ・リッチ演じるヒロインの優しさで妙に人肌の温もりを感じる不思議な映画でした。パルコのイメージキャラクターへの起用、アパレルとのコラボ、車のCMへの出演、そして来日キャンペーンと、日本ではまだ無名だったギャロを徹底的に売り出すというこの映画ならではの宣伝が見事にハマり、時代の映画になっていきました。

 70年代グラムロックを題材に、人気ミュージシャン失踪事件の真相を追うことになった新聞記者が、彼のファンだった過去の自分と対峙していく『ベルベット・ゴールドマイン』も、豪華なサウンド・トラックとグラマラスなビジュアルを最大限に使ってグラムロック・ブームを掻き立てたことが映画のヒットに繋がりました。デヴィッド・ボウイとイギー・ポップのニュー・アルバムがこのタイミングにリリースされ、映画業界と音楽業界がタッグを組んでブームを盛り上げたことも印象的でした。

 ドイツ映画『ラン・ローラ・ラン』は、恋人の窮地を救うため20分で金を工面することになったローラが、ベルリンの街をまさにタイトル通り走り続ける映画で、上手くいかなくなると初めからやり直すという具合にして結末が変わる3通りの展開を順に見せる構成と、ビデオ映像、アニメ、画面分割、コマ送りなどさまざまな手法を駆使する表現がとにかく新鮮でした。

 この年には、天才数学者の前にある日コンピューターが巨大な数字の塊を吐き出し始めるという不条理な設定を、全編モノクロームの世界で見せるダーレン・アロノフスキー監督の出世作『π』や、ある事故を境に現実と夢が曖昧になっていくプレイボーイの、幻覚の描写に目を奪われたアレハンドロ・アメナーバル監督の出世作『オープン・ユア・アイズ』も公開。前年の『CUBE』に続き、エッジの効いた面白い映画が次々に現れた時期でした。これらの作品に人を惹きつけるパワーがあった理由は、映像表現が独創的で斬新だっただけではなく、人間のもがきや葛藤といったものをそこに見出し、観る者の感情がざわざわと動いたからだったと思います。『オープン・ユア・アイズ』には、償えない罪に人生を支配され続ける苦痛が、『π』には、何かに異様に取り憑かれた人間の行き着く果てがありました。そして、『ラン・ローラ・ラン』は、一瞬の判断ですべてが変わってしまうという、引き返せない愛や人生を思い知らされる映画でした。

連載⑨ミニシアター系映画史1998年

1998年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『ムトゥ 踊るマハラジャ』/シネマライズ

【2】『ポネット』/Bunkamuraル・シネマ

【3】『ブエノスアイレス』/シネマライズ

【4】『阿片戦争』/岩波ホール

【5】『ダロウェイ夫人』/岩波ホール

【6】『CUBE』/シネ・ヴィヴァン・六本木

【7】『パーフェクト・サークル』/岩波ホール

【8】『タンゴ レッスン』/Bunkamuraル・シネマ

【9】『ニューヨーク デイドリーム』/恵比寿ガーデンシネマ

【10】『シューティング・フィッシュ』/シネスイッチ銀座

 

 インド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』が、口コミでぐんぐん広がって大ヒット、社会現象として各メディアが競うように取り上げました。突然始まる強烈なソング&ダンスシーン、スーパースターおじさんラジニカーントの圧、女優陣の肉感的な美しさ、パワフルな人生賛歌。食べたことのないスパイスの効いた料理が思わずクセになるような感覚で、初めてのインド映画を楽しんだ人が多かったことでしょう。その後も日本では何年かごとにインド映画ヒット作が登場し続けていて、特に、2017年に公開された『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』の、噂が噂を呼び、盛り上がっていった過程は、この時の『ムトゥ 踊るマハラジャ』ブームを思い起こさせるものがありました。

 カナダ映画『CUBE』のヒットの要因も、見たこともない映画と出会った興奮と口コミにありました。いくつかの密室が連なる巨大立方体の中に閉じ込められた見ず知らずの7人の男女が、謎を解きながら必死に脱走を試みるソリッド・シチュエーション・ホラー。ワンセットで登場人物も7人だけの低予算映画ということも話題になりました。

 『CUBE』を上映したシネヴィヴァン六本木では、同作が同映画館の最高動員数記録を更新しました。1983年、ジャン=リュック・ゴダール監督作『パッション PASSION』でスタート。<ジョン・カサヴェテス特集><アンドレイ・タルコフスキー特集><ジャック・タチの世界><デレク・ジャーマン:レトロスペクティヴ>など、ひとりの監督の作品を週1本上映する特集や映画祭企画など、監督との出会いの場としてもファンを持つ映画館でした。私自身は、ビクトル・エリセ監督作『ミツバチのささやき』(1985年日本公開)とピーター・ウィアー監督作『ピクニック at ハンギング・ロック』(86)を学生時代に同映画館で観たことが想い出深く残っています。翌1999年の閉館は残念でした。

 この連載では、文化通信社が毎年発表し他メディアも公式として使用してきたデータをもとに、その年に都内ミニシアター1館+全国公開された映画の、都内1館で上げた最終興収上位10作を「単館公開作品興収ベストテン」としてご紹介しています。しかしこの年は、都内複数のミニシアターで同時公開した映画がいくつか存在し、その中で、トータル興収では上記のベストテンを塗り替えてランクインする作品が4本存在しました。『フル・モンティ』(シャンテ シネ他計4館)、『ブラス!』(シネ・ラ・セット他計3館)、『ドーベルマン』(シネセゾン渋谷他計4館)、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(シネスイッチ銀座他計2館)です。この現象は2001年以降顕著になりますので、また改めて書きたいたいと思います。

 1998年は、『タイタニック』(1997年12月20日日本公開)が興行収入262億円の大ヒットとなった年。2020年7月時点で、日本公開洋画歴代興収ベストワンの記録保持作品です。日本映画史としては、黒澤明監督、木下惠介監督、映画評論家の淀川長治氏が相次いで死去した年でした。淀川長治氏は、雑誌「an・an」の連載コラム「淀川長治の新シネマトーク」(89-99)で『トレインスポッティング』のことを「若者の怒り、人生への反発、何ちゅう凄い演出。タランティーノよりも凄い。英国独特の若者映画」と評価(96年12月6日号掲載)、明治42年生まれの重鎮が、若手監督の新しい映画を心底面白がっていた姿勢は改めて素晴らしいと思いました。

連載⑧ミニシアター系映画史1997年

1997年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『トレインスポッティング』/シネマライズ

【2】『シャイン』/有楽町スバル座

【3】『レオン 完全版』/シネセゾン渋谷

【4】『秘密と嘘』/シャンテ シネ

【5】『カーマ・スートラ』/シネスイッチ銀座

【6】『ファーゴ』/シネマライズ

【7】『花の影』/Bunkamuraル・シネマ

【8】『アントニア』/岩波ホール

【9】『ある老女の物語』/岩浪ホール

【10】『奇跡の海』/シネマライズ

 

 ミニシアター系映画史にとって非常に重要な1997年。

 ミニシアターで公開したイギリス映画が次々にヒットし、日本でイギリス映画ブームが起きた年です。

 ダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』。マイク・リー監督作『秘密と嘘』、ランク外ですが、ケン・ローチ監督作『自由と大地』、マイケル・ウィンターボトム監督作『日蔭のふたり』。そして、ピーター・カッタネオ監督作『フル・モンティ』とマーク・ハーマン監督作『ブラス!』(共に12月公開のため興収発表年は翌年)。その後の新作も日本で公開され続けてきた監督たちの作品が、揃って公開されました。なかでも『トレインスポッティング』と『ブラス!』は、ファッションや音楽の分野にも大きな影響を与えながらブームを牽引しました。映像ソフトレンタル店が、それまでのメジャー級ヒット作で棚を埋める状態から、多様なニーズに応える品揃えを重視し始めるきっかけとなったのもこのイギリス映画ブーム。ミニシアター系映画に対して、小難しいアート映画という認識以上に、今を生きる自分たちの心に深く訴えかける映画、人生を変えるほどの出会いとなる映画、というイメージを強く持たれることになった点にも、この2作は大いに貢献しました。クオリティ・ピクチャーズという言葉も生まれました。

 サッチャー政権でどん底の不況に喘いだイギリスで、人々の不安や苦しみを肌で知り尽くした監督たちによる自分たちの映画が次々と生まれ始めた90年代。かつてのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴのように社会への怒りを表現するのではなく、信用できるものは何もない、今この快感だけが紛れもない事実、として陽気で悲惨な若者たちの生々しい姿をあぶり出した『トレインスポッティング』。そして、廃坑で揺れる炭坑町のブラスバンドの奮闘ぶりを温かく描きながら、反発や逃避ではなく一体感で現実と向き合おうと訴えた『ブラス!』。テイストは違いますが、強烈に「今」を描いたこれらの映画が、面白くないはずがありません。

 世界中で大ヒットした『トレインスポッティング』で、ダニー・ボイルは一躍イギリスを代表する監督となり、2012年ロンドンオリンピック開会式では芸術監督に就任。イギリスが誇るさまざまなカルチャーを扱いながらも、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)がエリザベス2世をバッキンガム宮殿から会場へヘリコプターでエスコートするなど映画ファン大興奮の演出を随所で見せてくれました。そして、『トレインスポッティング』と『ブラス!』の両作品に出演したユアン・マクレガーは、2年後に公開された『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(99)のオビ・ワン=ケノービ役に大抜擢されたのです。

 『ブラス!』は、実在の名門ブラスバンド、グライムソープ・コリアリー・RJB・バンドの実話を映画化したもので、同バンドは、日本での本作のヒットを受けて来日公演を二度も果たしてくれました。Bunkamuraオーチャードホールでの公演「Brass! Tour」を観た時の感動は忘れられません。目の前で映画と現実との境界線が消えた、最高の時間でした。

連載⑦ミニシアター系映画史1996年

1996年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『眠る男』/岩波ホール

【2】『イル・ポスティーノ』/シャンテ シネ

【3】『スモーク』/恵比寿ガーデンシネマ

【4】『天使の涙』/シネマライズ

【5】『フィオナの海』/岩波ホール

【6】『デッドマン』/シャンテ シネ

【7】『ユージュアル・サスペクツ』/銀座テアトル西友

【8】『PiCNiC』『FRIED DRAGON FISH』/シネセゾン渋谷

【9】『ユリシーズの瞳』/シャンテ シネ

【10】『幻の光』/シネ・アミューズ

 

 岩波ホールでロングランした小栗康平監督作『眠る男』、前年に長編映画デビュー作『Love Letter』がヒットした岩井俊二監督の短編二本立て、是枝裕和監督の長編映画デビュー作『幻の光』。日本映画が複数ランクインした年でした。1974年に立ち上げミニシアターの先駆けとなった岩波ホールは、「自国のアイデンティティーを持ち、紛れもなくその国の視点で描いた作品」にこだわる映画館。作家主義をファッション化させる技に長け、企画上映や関連グッズ販売展開も常に注目されたシネセゾン渋谷。そして、「新しい監督や俳優にいち早く目をつけるポップで若々しいラインアップ」を掲げて前年の1995年にオープンしたシネ・アミューズ。映画館がそれぞれの目利きで作品を選んでいたからこそ、さまざまなタイプの日本映画が同時期に公開され、多くの観客を楽しませてくれました。日本映画のメッカ、テアトル新宿で北野武監督作『キッズ・リターン』がロングランヒットしたのも、この年でした。

 「日本映画のニューパワー」…1996年は、そんな見出しと共に、さまざまなメディアで日本映画の勢いが紹介された年でした。6月22日、<新世代フィルムメーカーズナイト>と銘打ったイベントがテアトル新宿で開催。橋口亮輔監督作『渚のシンドバッド』、塚本晋也監督作『TOKYO FIST』、室賀厚監督作『SCORE』、是枝裕和監督作『幻の光』、以上4作品の上映とトークショーで構成されたこのオールナイト・イベントが満席御礼立ち見状態、その勢いが証明された日になりました。青山真治監督、岩井俊二監督、篠崎誠監督、古厩智之監督、矢口史靖監督らも含めた彼ら1960年代生まれの若手監督たちの、個性的で作家性の色濃い作品は、海外の映画祭で高く評価され重要な賞を受賞することも多く、逆輸入的に国内でも評価されるケースも注目されました。

連載⑥ミニシアター系映画史1995年

1995年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『王妃マルゴ』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『リアリティ・バイツ』/恵比寿ガーデンシネマ

【3】『午後の遺言状』/有楽町スバル座

【4】『カストラート』/シネマライズ

【5】『ショート・カッツ』/恵比寿ガーデンシネマ

【6】『Undo』『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』/テアトル新宿

【7】『恋する惑星』/銀座テアトル西友

【8】『エド・ウッド』/シャンテ シネ

【9】『イヴォンヌの香り』/シネスイッチ銀座

【10】『深い河』/シャンテ シネ

 

 前年10月8日にオープンした恵比寿ガーデンシネマの上映第1作目『ショート・カッツ』と、続いて上映した『リアリティ・バイツ』が共にロングランし、この年のランキングに入りました。恵比寿ガーデンシネマは、アメリカで公開されても興行的に成功しなかった、あるいはメジャー級の俳優が出演していないなど、様々な理由で埋もれている多くの傑作を発掘して紹介したいという理由から、オープン後5年間は英語圏の映画のみラインアップすると宣言した映画館でした。その後、5年目のアニバーサリー記念として英語圏以外の映画上映もスタート、その第1弾として、日本人にはまだ馴染みの薄かったポルトガル語圏の映画『セントラル・ステーション』をセレクトしたことに同館のこだわりが伝わりました。また、パンフレットに対するこだわりも強い映画館で、観客がその映画の世界観を抱えて持ち帰る楽しさを考え尽くしたパンフレットを販売しました。『17歳のカルテ』(00年日本公開)のポケットにしのばせる日記のようなサイズに包帯を巻いたもの、そして、『地球は女で回ってる』(98)のウディ・アレン作品らしいコレクション欲を満たしてくれる仕様のものが、恵比寿ガーデンシネマで購入した個人的二大お気に入りパンフレットです。

 この頃のミニシアター系映画には楽曲が印象的な存在となっているものが多いことを、この年の映画を振り返ると気づかされます。『リアリティ・バイツ』のリサ・ローブ&ナイン・ストーリーズ“Stay”、『恋する惑星』のフェイ・ウォン“夢中人”、『レオン』(95)のスティング“Shape of My Heart”、『プリシラ』(95)のグロリア・ゲイナー“恋のサバイバイル”。そして、『トレインスポッティング』(97)のアンダーワールド“Born Slippy Nuxx”、『ロミオ+ジュリエット』(97)のデズリー“Kissing You”、『シティ・オブ・エンジェル』(98)のアラニス・モリセット“Uninvited”、『ノッティングヒルの恋人』(99)のエルヴィス・コステロ“She”、『カラー・オブ・ハート』(99)のフィオナ・アップル“Across The Universe”。往年のナンバー、映画のために書き起こされたもの、名曲のカヴァーなどさまざまですが、いずれも、映画を彩るのではなく映画そのものと同化してしまう、そんな特別な存在の楽曲が、その映画をさらにドラマティックなものにしました。

 外資系大型CDショップが相次いで日本上陸した90年代。タワーレコード渋谷店が新装オープンしたのがこの年でした。どこのショップにも大抵サントラコーナーが設置されており、輸入盤・国内盤が混在しながら新作・旧作の映画音楽との出会いの場となっていました。クエンティン・タランティーノ監督の名を一躍轟かせた『パルプ・フィクション』(日本公開日は、冒頭でご紹介した恵比寿ガーデンシネマのオープニングと同じ日)は、70年代のポップスやソウルなどからの選曲が大いに注目され、サントラコーナーの花形として長く君臨し続けました。

 

連載⑤ミニシアター系映画史1994年

1994年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『さらば、わが愛/覇王別姫』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『日の名残り』/シャンテ シネ

【3】『ピアノ・レッスン』/シャンテ シネ

【4】『青いパパイヤの香り』/シネマスクエアとうきゅう

【5】『トリコロール/青の愛』/Bunkamuraル・シネマ

【6】『戯夢人生』/シャンテ シネ

【7】『エム・バタフライ』/シネマスクエアとうきゅう

【8】『キカ』/シネスイッチ銀座

【9】『我が人生最悪の時』/シネスイッチ銀座

【10】『バック・ビート』/丸の内シャンゼリゼ

 

 この年を代表する映画は、中国激動の時代を生きた京劇俳優たちの一大抒情詩『さらば、わが愛/覇王別姫』でした。異国文化への憧憬もありますが、主演のふたり、レスリー・チャンとコン・リーの人気もヒットの要因だったと思います。監督はチェン・カイコー。本作で中国語映画に初めてカンヌ国際映画祭パルムドールをもたらし、彼を含む中国第五世代と呼ばれる監督たちの台頭が国際的に注目されました。日本では、チャン・イーモウ監督の方が早く紹介され、『紅いコーリャン』(89年日本公開)『菊豆』『紅夢』『秋菊の物語』と立て続けに公開、その全作品でヒロインを演じていたのがコン・リーで、大地を思わす逞しさと包容力を体現する女優の登場は衝撃でした。チャン・イーモウはその後『初恋のきた道』でチャン・ツィイーを輩出し、『HERO』『グリーン・デスティニー』といった多国籍合作映画を成功させます。一方チェン・カイコーは、次作『花の影』(97年日本公開)でレスリー・チャンとコン・リーを再び起用、同作も日本でヒットしました。

 レスリー・チャンを語るのに、日本の90年代香港映画ブームのことは外せません。複数の男女の無軌道な愛が交錯する『欲望の翼』と『恋する惑星』の公開がきっかけとなり、女性を中心に香港映画ブームが到来しました。なかでも独特の湿度と色気が漂うウォン・カーウァイ監督作品がブームの中心で、撮影監督クリストファー・ドイルとの黄金コンビも注目され、その中で輝いたのがレスリー・チャン。突然の死も含めて伝説となった俳優です。

 サイゴンの富豪一家に女中として雇われた女の生涯が描かれ、色彩、リズム、登場する数々のベトナム料理が新鮮だった『青いパパイヤの香り』も印象深い映画です。本作を上映したシネマスクエアとうきゅうは、1981年にオープンし、ミニシアターブームに先鞭をつけた映画館でした。「大劇場でのロードショーでは採算が合わないが、お蔵入りにするのはもったいない良質の映画を救済する」という劇場誕生の方針通り、ひと味違う映画との出会いの場として記憶に残っています。私にとっては、『薔薇の名前』(87年日本公開)『ゴシック』(88)『聖なる酔っぱらいの伝説』(90)『マッチ工場の少女』(91)『希望の街』(92)など、その後追いかけるように作品を観ることになる映画監督を初めて知る映画館でもありました。