連載④ミニシアター系映画史1993年

1993年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『インドシナ』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『クライング・ゲーム』/シネスイッチ銀座

【3】『乳泉村の子』/岩波ホール

【4】『野性の夜に』/シネマライズ

【5】『オルランド』/シャンテ シネ

【6】『森の中の淑女たち』/岩波ホール

【7】『嵐が丘』/有楽町スバル座

【8】『赤い薔薇ソースの伝説』/シャンテ シネ

【9】『愛を弾く女』/Bunkamuraル・シネマ

 

 女の生き様を描く壮大なフランス製大河ロマン『インドシナ』、アイルランド出身ニール・ジョーダン監督が仕掛けるサスペンス『クライング・ゲーム』、残留孤児の成長と中国人養母の国境を越える愛情を描いた『乳泉村の子』、ヴァージニア・ウルフの同名小説を大胆な解釈と配役で見せるイギリス映画『オルランド』、愛憎の輪廻を幻想的に描くメキシコ映画『赤い薔薇ソースの伝説』。さまざまなテイストの映画がミニシアターで公開しヒットしました。

 ランキング外ではありますが、アッバス・キアロスタミ監督による87年製作の『友だちのうちはどこ?』が公開されたのはこの年でした。本作は、日本で初めて劇場公開されたイラン映画。その後も日本では、『運動靴と赤い金魚』(99年日本公開)、アカデミー賞外国語映画賞受賞作『別離』(12)、『人生タクシー』(17)などイラン映画のヒット作がコンスタントに登場し続けています。

 これもランキング外ですが、この年に公開された『少年、機関車に乗る』も印象深い映画でした。父親を探して旅する兄弟の姿を描いたロードムービーで、なぜか土を食べる奇癖を持つ弟と、弟を気遣う優しい兄の姿を思い出し、無性にもう一度観たくなりました。日本で初めて公開されたタジキスタン映画です。

連載③ミニシアター系映画史1992年

1992年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『ナイト・オン・ザ・プラネット』/シャンテ シネ

【2】『ポンヌフの恋人』/シネマライズ

【3】『アトランティス』/有楽町スバル座

【4】『デリカテッセン』/シネスイッチ銀座

【5】『髪結いの亭主』/Bunkamuraル・シネマ

【6】『仕立て屋の恋』/シネマスクエアとうきゅう

【7】『トト・ザ・ヒーロー』/シャンテ シネ

【8】『ジャック・ドゥミの少年期』/岩波ホール

【9】『ハワーズ・エンド』/シネスイッチ銀座

 

 1980年代のフランス映画界は新しい才能が台頭した時代で、ジャン=ジャック・ベネックス監督の『ベティ・ブルー』(87年日本公開)やリュック・ベッソン監督の『グラン・ブルー』(88)などが日本でもセンセーショナルなヒット現象を起こしましたが、レオス・カラックス監督は、自分の分身的存在を主人公にした「アレックス三部作」の最終章『ポンヌフの恋人』のヒットにより、ミニシアター系監督として神格化されるようになりました。『ポンヌフの恋人』でジュリエット・ビノシュが魂を削るような演技を見せる花火のシーンや、『汚れた血』でドニ・ラヴァンがデヴィッド・ボウイの「モダン・ラヴ」に合わせて疾走するシーンに、当時、それまでにない衝撃を受けた私自身も、レオス・カラックスは特別な存在の監督でした。ここ数年、1989年生まれのカナダ出身グザヴィエ・ドラン監督が、日本でも若い世代を中心に人気です。メディアではレオス・カラックスの再来と表現されることがあり、確かに独自の監督スタイルを追い続けたくなる魅力が重なりますので、グザヴィエ・ドラン人気が、若い世代にとって初めてレオス・カラックス監督作品を知るきっかけになってほしいです。

 『髪結いの亭主』は、日本で最初に公開されたパトリス・ルコント監督作品。2か月遅れで前作『仕立て屋の恋』も公開され、男女の愛をゆるやかな時間の中で悲哀たっぷりに描く大人の語り口が多くのミニシアター系映画ファンを魅了しました。『デリカテッセン』は、ジャン=ピエール・ジュネ監督の長編デビュー作。ジュネが10年後に世に放った監督作『アメリ』は、日本でも大旋風を巻き起こすことになります。

 このようにこの年は、多くのフランス映画がヒットした年でした。翌1993年、パシフィコ横浜メインホールを会場に第1回フランス映画祭横浜が開催されます。

 そんな1992年にミニシアターで最もヒットした『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、シム・ジャームッシュ監督によるオムニバス映画。ポスターのビジュアルは、ロサンゼルス編に登場する咥え煙草で蓮っ葉な女性タクシー運転手のアップ写真で、ウィノナ・ライダーの、前年に公開された『シザーハンズ』のヒロインとは全く違う雰囲気がとても新鮮でした。映画のヒットの要因のひとつは、このビジュアルのインパクトだったのではと思います。ティム・バートン監督作品『ビートルジュース』で注目され、ジェネレーションX世代を描いた『リアリティ・バイツ』、若くしてプロデュース業に着手した『17歳のカルテ』などを代表作に持つ彼女は、90年代ミニシアター系映画のアイコン的女優でした。

連載②ミニシアター系映画史1991年

1991年ミニシアター公開作品都内興収ベストテン

【1】『シラノ・ド・ベルジュラック』/Bunkamuraル・シネマ

【2】『みんな元気』/シネスイッチ銀座

【3】『安心して老いるために』/岩波ホール

【4】『英国式庭園殺人事件』/シャンテ シネ

【5】『コルチャック先生』/岩波ホール

【6】『達磨はなぜ東へいったのか』/岩波ホール

【7】『エンジェル・アット・マイ・テーブル』/シャンテ シネ

【8】『ニュー・シネマ・パラダイス完全版』/シネスイッチ銀座

【9】『プロヴァンス物語 マルセルの夏』/Bunkamuraル・シネマ

 

 最近、映画を薦め合う仲間うちで話題の『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』について、「これって、新しいタイプの「シラノ・ド・ベルジュラック」だよね」という会話をしていたばかりでしたので、今回の単館公開作品興収ベストテンを振り返る企画を1991年から始めたことに、嬉しい偶然を感じています。

 演劇やミュージカルの映画化は、有名な戯曲に触れるきっかけになり、観ることで知的好奇心が満たされます。『シラノ・ド・ベルジュラック』をヒットさせた映画館ル・シネマは、日本で最初の複合文化施設であるBunkamuraという立地を活かしたラインナップが特徴で、1989年のグランドオープニング作品は、アーティストの人生を描く映画の魅力を教えてくれた『カミーユ・クローデル』。芸術に宿る激しい愛が強烈に胸に突き刺さり、この1本で、自分にとってのこの映画館の位置づけが決まりました。

 『エンジェル・アット・マイ・テーブル』は、ニュージーランド出身の女性監督ジェーン・カンピオンの出世作。この3年後に『ピアノ・レッスン』の成功でハリウッドでも地位を確立することになります。カンピオンを初めて日本に紹介したフランス映画社は、1986年にジム・ジャームッシュ監督作品『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を、1989年にヴィム・ヴェンダース監督作品『ベルリン、天使の詩』を配給、作家性の強い監督たちを日本に紹介し当時のミニシアターブームの一翼を担いました。

 『ニュー・シネマ・パラダイス完全版』が公開されたことは、鮮明に覚えています。完全版やディレクターズカット版が公開される先駆けだったのではないでしょうか?人生におけるかけがえのない日々を愛おしむノスタルジックな初公開版に比べ、この完全版は、人生の選択の結果手放してしまったものに気づく切なさが漂い、ひとつの映画の表と裏として存在しているように感じました。初公開版は、1989年シネスイッチ銀座で動員数約27万人、売上3億6900万円という興行成績を収めましたが、これは、単一映画館における興行成績として、2020年現在においても未だ破られていない記録です。

 この年、日本初の衛星放送チャンネル=WOWOWが放送開始し、『ワイルド・アット・ハート』でカンヌ国際映画祭パルムドールを獲ったばかりの映画監督デイヴィッド・リンチによる海外ドラマ「ツイン・ピークス」が、開局の目玉としてスタート。“カルト”“作家性”という言葉が普及しました。

連載①ミニシアター系映画史について

 4月7日に発令された政府の緊急事態宣言が、5月25日をもって全都道府県解除。東京都が本日6月1日よりステップ2に移行したことにより、全国の多くの映画館が営業再開となりました。再開を模索中の映画館も含め、ウィズ・コロナの状況下で映画と観客が出会う場所をどのように運営し続けていけるのか。そして、映画配給や映画製作も含め、映画に携わるあらゆる企業や個人の苦難はこれからも続きます。

 この約2か月間、「ミニシアター」というワードを本当に多く目にし耳にしました。そのたびに私は、自分が今できること、すべきことを見つけて実行したいという思いに駆られました。

 私は、某ビデオメーカーに勤めていた時に、<ミニシアター系映画専門レーベル>を立ち上げ、ブランドとして育て、ラインナップ作品を編成しパッケージ(ビデオ、DVD)をリリースする仕事をしました。立ち上げは1997年1月。ミニシアター・ブームの成熟期といわれた時代。映画パッケージ業界で唯一存在する専門レーベルとして、トータル90作品の映画をリリース、2006年3月まで約9年間運営しました。

 その時に収集した関連資料のひとつとして、1991年から20年分の「ミニシアター公開映画年間興収ベストテン」データ※を保存していました。そこで、このデータをもとに特集コラムを連載的にあげていくことを思い立ちました。特集名は「ミニシアター系映画史」。その年にミニシアターで公開した映画を対象に、メイン館1館で上げた興行収入ベストテンを紹介。10本から見えてきたその年のトピックスをまとめます。

 勿論、ヒットした映画が大事というわけではありません。ミニシアター史において外してはいけない映画がヒット作だけではないことは、言うまでもありません。そして、このデータの決定的な欠点は、メイン館の殆どが東京の映画館であり、且つ私が東京在住なので、全国各地のミニシアターについて言及することができない点です。そこで、それらの欠点をしっかり意識して、ベストテン以外の作品の数々や映画にまつわる記憶が連鎖的に思い出せる、思い出していただけるようなコラムを書くつもりです。

 そして途中途中で、今回のこの特集コラム連載の目的や、ミニシアター系映画史のまとめなどを書こうと思っています。

※文化通信社発表