連載⑧ミニシアター系映画史1997年

1997年単館公開作品都内興収ベストテン

【1】『トレインスポッティング』/シネマライズ

【2】『シャイン』/有楽町スバル座

【3】『レオン 完全版』/シネセゾン渋谷

【4】『秘密と嘘』/シャンテ シネ

【5】『カーマ・スートラ』/シネスイッチ銀座

【6】『ファーゴ』/シネマライズ

【7】『花の影』/Bunkamuraル・シネマ

【8】『アントニア』/岩波ホール

【9】『ある老女の物語』/岩浪ホール

【10】『奇跡の海』/シネマライズ

 

 ミニシアター系映画史にとって非常に重要な1997年。

 ミニシアターで公開したイギリス映画が次々にヒットし、日本でイギリス映画ブームが起きた年です。

 ダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』。マイク・リー監督作『秘密と嘘』、ランク外ですが、ケン・ローチ監督作『自由と大地』、マイケル・ウィンターボトム監督作『日蔭のふたり』。そして、ピーター・カッタネオ監督作『フル・モンティ』とマーク・ハーマン監督作『ブラス!』(共に12月公開のため興収発表年は翌年)。その後の新作も日本で公開され続けてきた監督たちの作品が、揃って公開されました。なかでも『トレインスポッティング』と『ブラス!』は、ファッションや音楽の分野にも大きな影響を与えながらブームを牽引しました。映像ソフトレンタル店が、それまでのメジャー級ヒット作で棚を埋める状態から、多様なニーズに応える品揃えを重視し始めるきっかけとなったのもこのイギリス映画ブーム。ミニシアター系映画に対して、小難しいアート映画という認識以上に、今を生きる自分たちの心に深く訴えかける映画、人生を変えるほどの出会いとなる映画、というイメージを強く持たれることになった点にも、この2作は大いに貢献しました。クオリティ・ピクチャーズという言葉も生まれました。

 サッチャー政権でどん底の不況に喘いだイギリスで、人々の不安や苦しみを肌で知り尽くした監督たちによる自分たちの映画が次々と生まれ始めた90年代。かつてのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴのように社会への怒りを表現するのではなく、信用できるものは何もない、今この快感だけが紛れもない事実、として陽気で悲惨な若者たちの生々しい姿をあぶり出した『トレインスポッティング』。そして、廃坑で揺れる炭坑町のブラスバンドの奮闘ぶりを温かく描きながら、反発や逃避ではなく一体感で現実と向き合おうと訴えた『ブラス!』。テイストは違いますが、強烈に「今」を描いたこれらの映画が、面白くないはずがありません。

 世界中で大ヒットした『トレインスポッティング』で、ダニー・ボイルは一躍イギリスを代表する監督となり、2012年ロンドンオリンピック開会式では芸術監督に就任。イギリスが誇るさまざまなカルチャーを扱いながらも、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)がエリザベス2世をバッキンガム宮殿から会場へヘリコプターでエスコートするなど映画ファン大興奮の演出を随所で見せてくれました。そして、『トレインスポッティング』と『ブラス!』の両作品に出演したユアン・マクレガーは、2年後に公開された『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(99)のオビ・ワン=ケノービ役に大抜擢されたのです。

 『ブラス!』は、実在の名門ブラスバンド、グライムソープ・コリアリー・RJB・バンドの実話を映画化したもので、同バンドは、日本での本作のヒットを受けて来日公演を二度も果たしてくれました。Bunkamuraオーチャードホールでの公演「Brass! Tour」を観た時の感動は忘れられません。目の前で映画と現実との境界線が消えた、最高の時間でした。