『フリーソロ』

ドキュメンタリーにおける 撮る側と撮られる側との絶対の信頼関係

 カリフォルニア州ヨセミテ国立公園に立つ山、エル・キャピタン。ほとんど垂直にそびえ立つ高さ975mの断崖絶壁に、ロープ無し、素手で登りきるフリーソロというクライミング・スタイルで挑んだ登山家アレックス・オノルドの、1年以上の準備期間から成功までを追ったドキュメンタリーです。

 フリーソロを実践しているクライマーには命を落としている者が多いらしく、エル・キャピタンという山の恐ろしさについてのプロたちの証言も挿入される一方で、「ロープ有りで何度も成功していることは、ロープ無しでも物理的に可能」と笑みを浮かべるアレックス。そして彼は、こうも言います。「落ちて怪我をしても、再び登ることができる人もいる。自分は無理。落ちたら終わり。そのあとなんてない」。彼にとってクライミングとは、成功か失敗、生か死、どちらか一方のみ。前人未到の偉業を達成できる彼の、併せ持つ冷静さと激しさに圧倒されます。

 撮った側への興味が尽きない映画でもありました。エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督にとって、この映画を撮る原動力は「クライマーの感情への興味」。そして、そんな妻と共に監督を務め撮影も担当したジミー・チンにとって、この映画は彼自身のクライマーとしての経歴の延長線上に出現した新しい挑戦でした。岩壁に事前にカメラを設置、あるいはロープを装着して登りながらの撮影など緻密な計画を立て、カメラマンたちは5か所のポイントで、無線で連絡を取りながらアレックスを待ち構えます。アレックスだけでなく、ジミーたちクルーにとっても失敗は許されないたった一度の本番勝負だったのです。

 この監督コンビは、本作で第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。次作は、2018年にタイで起きたタルムアン洞窟遭難事故の映画化に挑むようです。洞窟に閉じ込められた地元サッカーチームの少年たちとコーチの大規模な救出作戦は日本でも大きく報道され、2人のイギリス人ダイバーの活躍の様子は強烈に記憶に残っています。結末がわかっていながらも、本作同様、緊張感溢れる映像の中で人間の持ちうる力の凄さをまざまざと見せつけてくれる映画が、この監督コンビなら確実に期待できると思い、今から楽しみです。

 

35人の女優たちの素顔

『デブラ・ウィンガーを探して』

 撮る側と撮られる側との信頼関係が興味深いドキュメンタリーとしてすぐに思い出したのが『デブラ・ウィンガーを探して』です。映画業界から去った女優デブラ・ウィンガーは、なぜ引退を選んだのか。家庭と仕事は両立できる?犠牲を払いながら演じる意味は?私は女優として苦しみながらもなぜ続けようとするの?そんな疑問を同業の女優たちに投げかける、ロザンナ・アークエットの初監督作品です。

 現役の女優たちがカメラの前で正直になる理由は、撮る側のロザンナ・アークエット自身が相手に自分をさらけ出すから。結婚に失敗し、シングルマザーとして格闘し、話題作への出演で波に乗る妹パトリシアと比較されるそんな今の境遇をあけすけに語り、同時に、カメラを向ける女優ひとりひとりを熱くリスペクトする彼女の姿勢が、34人もの女優たちの人生を垣間見る濃厚な内容を1本の作品として見事に成立させます。

 製作は2002年。劇場公開当時よりも今観る方が、女優たちの顔ぶれの豪華さに驚きます。「女優は整形手術に走っちゃいけないのよ。50代の女が必要な映画に50代に見える女優がいなかったら大変。今を耐えれば、10年後に私が役を独り占めよ」。本作の中で、そう言って笑ったフランシス・マクドーマンドが、50代最後の出演作『スリー・ビルボード』でアカデミー賞主演女優賞を受賞。そんな、「今観るから面白い」に満ちたドキュメンタリーでもあります。

『フリーソロ』

2018年/アメリカ/監督・製作:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ(『MERU/メルー』)/監督・製作・撮影:ジミー・チン(『MERU/メルー』)/出演:アレックス・オノルド、トミー・コールドウェル、サンニ・マッカンドレス

『デブラ・ウィンガーを探して』

2002年/アメリカ/監督:ロザンナ・アークエット(『グレート・ブルー』出演)/出演:34人の女優たち